プロローグ~愛の才能~②
秀明が、ビデオ・アーカイブス仁川店の事務所に立ち入るのは、三ヶ月前のクリスマス以来だった。
椅子は三脚分が用意されていたものの、成人男性二人と男子高校生一人の男性三名が集うと、事務所内の人口密度の高さに圧迫感を覚える。
椅子に座らせてもらった秀明は、先ほどからの疑問と手狭な事務所に漂う雰囲気をこらえきれず、
「あの~。店長さんが、ボクにお願いしたいことって、何でしょうか?」
と、裕之に質問する。
「うん。実は、あーちゃん、亜莉寿ちゃんから提案されたことでもあるんやけど……大学四年生のバイトの男の子が卒業するのと同時にウチの店を辞めることになってな。いま、アルバイトの求人中やねん」
秀明の質問に答えた裕之は、ここで一旦、間を置いて、
「そこで、有間クンにお願いなんやけど! キミ、ウチの店を手伝ってくれへんか?」
「えっ!? ボクがですか?」
亜莉寿の叔父であり、レンタルビデオ店の店長である裕之の言葉に、秀明は、驚いて問い返した。
※
「そう! ウチの店の常連さんに、こんなことを頼むのは申し訳ないんやけど……有間クンは、吉野家の信頼もアツいみたいやからね」
最初は、恐縮ながら――――――と言った感じで話し始めた裕之は、最後にニヤリと笑う。その表情は、先ほど車内で兄の博明が見せた笑顔とソックリだった。
予想外の流れについていくことが精一杯の秀明は、困惑しながら答える。
「えっと……自分を信頼してもらってるみたいなので、お話しはありがたいんですけど――――――。アルバイトをするなら、学校に許可をもらわないといけませんし……」
その返答には、店長に代わって博明が応じる。
「その点なら、そんなに心配しなくて良いよ。稲野高校の校則では、『親戚・知人の手伝いなどに限り』アルバイトは許可されているんだよね?」
「確かに、その通りですけど――――――。学校に申請書を取りに行ったり、色々と手続きがあるみたいで……」
亜莉寿の父の言葉にも慎重な態度を崩さない秀明だったが、
「申請書なら、ここにあるよ!」
と、博明はハンドバッグから取り出した茶封筒を秀明に手渡す。さらに、
「亜莉寿に、またこの店を手伝ってもらう時のことを考えて、稲野高校でも入学してすぐにアルバイトの許可を得るための申請書を取っていたんだ。それに、もし、学校側から仕事先の関係者との面談を要求されたら、ボクが有間クンに同伴させてもらうから!」
と、力強く断言し、博明は右手で秀明の肩を掴んだ。
これまで冷静沈着なイメージだった亜莉寿の父親が見せる熱意に、秀明も感化され
「は、はい! ありがとうございます」
と、思わず肯定的な返答をしてしまう。
自分とは年齢の離れた男性二人の熱さに恐縮と戸惑いを覚えつつ、秀明は問い返す。
「でも、どうして、お二人は、ボクにそこまでしてくれるんですか?」
「ん? 有間クンの方は、どうなんだい? 亜莉寿に会いに行きたくないのかい!?」
「いえ、もちろん、お金と機会があれば、会いたいと思ってます!」
その気持ちに、ウソや偽りは、無い。
昨日、半ば討ち死にすることを覚悟で亜莉寿に自分の想いを伝えた後、予想外にも、彼女の方から「今後も連絡を取り合いたい」と言われてから、
(高校在学中は無理でも卒業したら旅行費用を貯めて、アメリカの移住した亜莉寿に会いに行ってみたい)
そんな事ばかりを考えていた。
しかも、自分の良く知る店舗で、趣味の映画に囲まれながら賃金を得ることができるなら、これ以上は無いと言える、絶好の条件である。
しかし――――――。
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