プロローグ~愛の才能~③
一方で、ここまで状況に流されるままだった秀明は、いつの間にか、退路を絶たれていることを悟る。
そして、
(これ、もう断れる雰囲気じゃないよな……)
と、内心で感じつつ、
「あの、一応、両親にも話しをしたいので、返答は、明日でも良いですか?」
と答えて、窮屈さを感じるリクルート会場での勧誘を終えてもらうことにした。
※
自分が考えもしなかった急展開に戸惑いつつも、吉野家の男性二人の配慮に感謝の言葉を述べた秀明は、求人に関する返答を翌日中に行うことを伝え《ビデオ・アーカイブス仁川店》をあとにする。
ショップから外に出ると、三月の穏やかな陽光が感じられる。
思えば、高校一年生として過ごした一年間は、前年の高校入学前には、想像もできない様な出来事の連続だった。
入学してすぐに仲良くなった坂野昭聞から、校内放送のオファーを受けたこと。
翌日には、(秀明の認識上)亜莉寿との再会をはたしたこと。
亜莉寿・昭聞とともに、校内放送で毎週の様に映画について語ったこと。
亜莉寿の自宅に招かれ、色々な話しを聞いたこと。
亜莉寿から転校したい、という相談を受けたこと。
亜莉寿の進路について、吉野家の家族会議の場に出向いたこと。
そして――――――、前日には、自分の想いを亜莉寿に告白したこと。
我が身に起きた出来事をあらためて振り返ると、あまりに多くの出来事が起きたことに、我がことながら
(イベントが起きすぎだわ……)
と、苦笑する。
そして、
(でも、もうその出来事の中心だった亜莉寿は、近くには居ないのか……)
そのことを考えると、やはり、寂しさを感じる。
昨日は、結果的に自分が亜莉寿を驚かせることになってしまったものの、どちらかと言えば、秀明の方が、亜莉寿に驚かされたり、振り回されたりしていることが多かった様に思う。
(その刺激が無いのは、やっぱり少し寂しい)
そんなことを思いながらも、あることに気付く。
(それにしても、亜莉寿のお父さんも、ビデオ・アーカイブスの店長さんも、亜莉寿のお願いとか気持ちの動きには、敏感に反応しはるんやな~)
(こう言うの何て言うんやったっけ? 孫策……いや、《忖度》か!)
亜莉寿に様々な配慮をしてもらったことについて感謝しつつも、色々と手回しの良すぎる大人の対応には、気圧される気持ちもなかった訳ではない。
(亜莉寿には、もう少し自分の考えを大人に伝える様になって欲しいけど、これまでの状況じゃ、それも難しいか……)
そう考えて再び頬をゆるめたものの、さらに、考え進めると
(でも、もし、最初から亜莉寿が、『父親と叔父なら、これくらいのことをしてくれるだろう』と、考えていたとしたら……ちょっと、コワッ)
考えてみれば、さっきまでのレンタル・ショップの求人についても、いつの間にか、逃げ道をふさがれていた様な印象を受ける。
そして、その彼女の思惑の中心は、紛れもなく自分自身なのだ――――――。
(亜莉寿は、どんな気持ちで、ビデオ・アーカイブスへの求人を勧めてくれたんだろう?)
そのことも気になったが、やはり、
(亜莉寿に会いに行くには、どのくらいの金額が必要なんだろう?)
と、いうことが、最大の関心事だった。
うららかな春の気候は、その季節に相応しく、秀明の思考をサクラ色に染め、映画をはじめとした趣味全般に発揮される彼の洞察力も、この日は、キレが鈍りがちであった。
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