プロローグ~愛の才能~⑤

 有間家の家長は、


「いえいえ、そんな――――――」


「いやぁ、なにをおっしゃいますやら!」


「はぁ、秀明がそんなことを……」


などと、相手方と話し込んだあと、


「はい? 妻と話しを、ですか? はい、近くにおりますが……では、すぐに代わります」


と、妻の千明に電話を代わる様に、ジェスチャーでうながした。

 代わって、受話器を取った妻が、


「はい、お電話代わりました秀明の母です」


相手と会話を始めると、父の秀幸は、すかさず息子に小声で問い掛けた。


「秀明! おまえ、吉野さんのお宅に、どんな賄賂を贈ったんや?吉野さんのお父さん、エライおまえのことを誉めてはったゾ……」


「ワイロて、そんなモン送るわけないやろ!? もうちょい我が子に信頼を置いてもエエやろ。植木等も、『アンタの息子を信じなさい』って、歌ってたらしいやん」


 少し緊張がほぐれた秀明は、笑いながら父親に反論する。


「せやけど、『自分の意見をしっかり言えて』『周りのことを第一に考えられる素晴らしいお子さん』やとか急に言われたら、驚くわ……!それに、あの様子やと、お母ちゃんは――――――」


 父が、そう口にした途端、受話器を手にした母の声が、ひときわ高くなった。


「いえいえ、吉野さんのおっしゃる様なことは――――――」


「まあ、お嬢さんは、アメリカに! 優秀なお嬢さんで羨ましい!」


「ウチの子は、ホンマにマイペースで、普段は、ボーっとしてまして……」


「えっ!? 秀明が、そんなことを! お嬢さんと? ウチの子が、ホントに申し訳ありません」


「いえいえ、ホントに吉野さんのおっしゃる様なことは――――――」


「ええ、はい。わかりました。では、主人に代わります」


 母は、受話器に向かって、そう話したあと、再び父に電話を代わる様に合図した。

 再度、受話器を手にした父に代わり、今度は、母が、秀明に向かって、


「秀明! 吉野さんのお父さんが、えらいアンタのことを誉めてはったで! 吉野さんのご両親と話したことあるの?」


 母の問いに、秀明が、


「あぁ、クリスマスの日に帰りが遅くなった日があったやろ? あの日に、吉野さんのお家にお邪魔して、ちょっと彼女の進路のことで話しをさせてもらった、って言うか……」


と、答えていると、吉野家との通話を終えた秀幸が受話器を置き、会話に加わってきた。


「あまりにも急な話しやったから、親の口から、やんわりとお断りしようと思ってたんやけどなぁ……えらい秀明のことを評価してくれてるみたいやし、断りづらくなったなぁ」


 そう、つぶやく父に、母は、


「それだけ、この子のことを良く見てくれるってことなんと違う? 秀明が、ヨソの親御さんに誉めてもらえて、お母さん嬉しかったわ~」


と、自身の感想を述べる。

 我が子のことを高く評価してもらって、気分を悪くする親は少ない。

よほど、感激したのか、母はさらに話し続ける。


「吉野さんのお父さん『ご両親の育て方が良かったんでしょうね』って言うてくれはったわ」


 子を誉めるということは、間接的に、親のしつけや教育方針を評価するということにもつながるため、母・千明の喜びようも当然といえば当然なのだが――――――。

 亜莉寿の父・博明の言葉は、同級生の(しかも女子である)親の言葉であるがゆえに、とりわけ効果が高かったようだ。

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