プロローグ~愛の才能~⑥

「お父さん、吉野さんも、ああ言うてくれてはるし、秀明が『したい』って言うなら、アルバイトさせてあげてもええんと違う?」


 さっきまでは、学業のことを口実に反対を表明しようとしていた母は、あっさりと賛成に回った。

 納得しきった様子はでない秀幸も、妻の言葉を受けて、秀明に、意志確認をうながす。


「まあ、先方のご期待に沿うことも、社会に出てからは大事なことかも知らんし……最後は、本人の意志を尊重しよか? 秀明、おまえは、どうしたい?」


「二人に認めてもらえるなら、《ビデオ・アーカイブス》で働かせてもらいたい、と思う。この先、お金の掛かることは、なるべく、自分で何とかしたいし――――――」


 そう答える秀明に、


「まあ、働いて、自分のチカラで何でもやってみよう、という心掛けは大事やけどな。ただし、学校の成績が下がるようやと、バイトは続けさせられへんで!」


クギを差す秀幸だが、彼の息子の学業成績は、初期の宮崎アニメのアクションシーンのごとく、低空飛行を続けていたため、これ以上「成績が下がる」可能性は少ないと言える状況だった。

 そんな父の言葉に、秀明は感謝を示し、


「ありがとう! がんばるわ」


と答える。


「やると決めたからには、中途半端な気持ちで働かんようにな。あと、前にも話したけど、進学や将来のことで相談があるなら、いつでも話しは聞くから」


 父の言葉に、「うん」とうなずく秀明に対して、


「それよりアンタ、いつの間に女の子と仲良くなってたん? 吉野さん、勉強できるんやって? お母さんも会ってみたいわ~」


 一方の母親は、全く別のことに関心を示していた。


「亜莉――――――、いや、吉野さんは、アメリカの学校に転校した、って聞いたやろ? そんな簡単に会われへんて……」


 思春期の少年にとって、母親から女子の話しをされることほど鬱陶しいモノはない。

 露骨に、話しを打ち切ろうとする秀明の様子を気にすることもなく、


「そしたら、アルバイトで貯めたお金で、お母さんもアメリカに連れて行って~。そうや、それがエエわ!」


と、豪快に笑う。父親がつられて、


「それやったら、家族で一緒に行こか? 吉野さんは、カリフォルニアの学校に転校したそうやな。西海岸なら、野茂の試合を観に行くのもエエかもな!」


 会話に加わると、母は、さらに便乗しつつ、


「あと、ホラ! 映画の何やった?ユニバース・スタジオ!? あそこにも、行ってみたいわ」


と、恒例の勘違いのボケを繰り出す。

 ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが大阪に開園するのは、この四年後のことである。

 さほど映画に興味を持っていない一般人のテーマパークに対する当時の認識は、この程度であった。


「それを言うなら、ユニバーサル・スタジオや! ユニバースは、千日前にあるキャバレーやろ!? 息子にこんなツッコミをさせるな!」


 我が子の容赦ない反駁に、「あ~、そうなん?」と、母は、笑いながら返事をしつつ、


「そう言えば、吉野さんだけじゃなくて、今日は、アサヒナさんやった? 女の子から電話があったけど、その子は、どんな子なん?」


と、またも全く別方面のことを話し始めた。

 思春期男子に対する配慮やデリカシーと言った言葉とは無縁の母の好奇心にうんざりしつつも、秀明は首を捻る。


「あ~、朝日奈さんに関しては、連絡をもらう様な心当たりがないねんな~。別のクラスやったけど、同じ文化委員やから、その関係やろか?」


 そんな息子のつぶやきは聞こえなかったのか、母は、


「アンタも、なかなかスミにおかれへんな」


と、これ以上ないくらいお約束のセリフを口にする。

 秀明は、あきれつつ、「ハァ……」と、ため息をついて


「そんな、エエもんやないて……」


と言って、食べ終わった夕飯の食器をシンクへ置くために席を立つ。

 千明と秀明の親子漫才の様な会話を黙って聞いていた秀幸は、


「秀明! アルバイトをする気なら、吉野さんには、おまえから、キチンと連絡しとけよ」


と声を掛ける。


「あぁ、わかってる。二人とも、今日は、話しを聞いてくれて、ありがとう」


 食器をシンクに置いた秀明は、父の言葉に反応し、両親に礼を述べて、自室へと戻って行った。

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