第三章~恋する惑星~②

 亜莉寿からのメールの文面を何度も読み返した秀明は、懐かしさと嬉しさ、そして、若干のこそばゆさを感じる。

 彼女らしく、必要なことを簡潔にまとめながらも、自分や周りのヒトたちの様子や感じたことが、とても良く伝わってくる【近況報告】になっていた。

 その私信が、文章として、自分だけに送られている――――――。この事実を認識するだけでも、「こそばゆい」というか、「面映ゆい」というか、なんとも奇妙な感情が湧いてくる。


(メールの文章だけで、こんな気持ちにさせるなんて、やっぱり、亜莉寿はスゴい!)


「いやいや! それは、おまえが、彼女に《特別な感情》を抱いているからだろう!?」


という的確なツッコミを入れてくれる相方がいないため、有間秀明には、吉野亜莉寿に対する崇敬の念が込みあげてきた。

 ――――――と、同時に、これまで、《文通》や《交換日記》を行う人々に対して、


(いったい、ナニが、そんなに楽しいんだろう?)


と、不思議に思っていた彼にも、ようやく、その気持ちが理解できた。


(誰かに、文章を送ってもらうのが、こんなに嬉しいなんて!!)


 秀明の脳内は、現在の季節と同じく、すっかり春色に染め上げれてしまっている。


「メールを一通もらっただけで、そのテンションって、センセイ、チョロ過ぎやろ!?」


 新生『シネマハウスへようこそ』のメンバーである昭聞と愛理沙なら、二人ともに、あきれ顔でツッコミを入れてくれたであろうが、幸か不幸か、プライバシーが守られている電子メールでは、他者からの的確な指摘も介入の余地がない。

 さらに、吉野亜莉寿のファースト・メールが有間秀明に及ぼした影響は、これだけではなかった。

 さかのぼること二週間前、秀明には、彼女に自らの《想い》を告げた事実が、(一部の人間に)あっという間に広まってしまった件について、ことの発端となった張本人である吉野亜莉寿自身に、告白の経緯の一部始終を他人に漏らしたことについて、


「彼女に、その真意を問いただしたい」


という思いがあったのだが……。

 亜莉寿本人からのメールを読んだ後の彼からは、彼女に対して少しだけ抱いた


(自分たちのプライベートなことを他人に話すなんて……)

(そんなことをするヒトだとは思っていなかったのに……)


という、不信感やモヤモヤとした感情が、すっかり雲散霧消していた。

 そうして、現在の有間秀明の脳内には、


(こんなに幸せになれる通信手段があるのか? だって…………)


(『私の相手をしてくれると嬉しく思います』だって……!?)

(毎日でも、メールをしたいのは、こっちの方だって!!!!)


そんな感情がうずまき、身体的変化としては、思わず口もとがゆるむことを隠せないという状態である。

 その様子を昭聞、愛理沙、舞など親しい同級生に見られたなら、


「秀明、気持ちはわからんでもないけど……」


「いや、見てられへんわ……ひたすら、キモい……」


「有間、応援してあげたい気持ちはあるけど、これはちょっと……」


と、感想を漏らされたであろうステータス異常の状態から、自ら両頬を軽く叩くことで、何とか正常ステータスに戻った秀明は、亜莉寿への返信メールに取り掛かった。

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