第三章~恋する惑星~⑧

 店長の裕之は、


「ま、そこまで解説できたら一次試験は、合格やわ。ちょっと、しゃべり過ぎやけど」


と、表情を変えないまま言い、続けて愛理沙は、あきれ返ったといった表情で、返答した。


「ホンマ、有間がしゃべりすぎの罪で捕まるんちゃう?」


 しかし、自身でも、一歩的に語り過ぎた……と反省した秀明が「すいません」と、頭を掻きながら謝ると、店長は、


「いや、まだ二次試験が残ってるで! 有間クン、朝日奈さんには、どの映画をオススメするの?」


と、追加の試験項目を課してきた。

 新たに加わった課題に


「えっ!?」


と、一瞬、焦りつつ、秀明は、自分を試すような顔つきで様子をうかがっている愛理沙に、こんな質問を投げかけた。


「朝日奈さん、テレビでドラマとか、良く観る?」


「うん! 夜に放送してるドラマは、わりと観てるかな?連続ドラマも、一回の放送で終わるのも……」


「じゃあ、最近、注目してる俳優とかは、いてる?」


「俳優なら、金城武かな? 去年のクリスマスのドラマで、宮沢りえと共演してて、台湾人留学生の役を演じてたんやけど、有間は知ってる?」


「そのドラマは観てないケド、もちろん金城武は知ってるよ! それなら、朝日奈さんにオススメしたい映画があるんやけど……店長、『恋する惑星』って、まだビデオ化されてないですよね?」


 秀明は、高校生二人の会話を興味深そうに聞いていた裕之に、話しを振る。


「おっと、急にコッチに話しを振られたら、ビックリするやん! 店員なら、商品情報は覚えておいてほしいケド、有間クンは、まだ入って一週間やから、特別に答えておくな。香港映画は、日本語版がビデオ化されるのに時間が掛かることが多いから、『恋する惑星』は、今の時点で、まだビデオ化されてないな」


 店長の答えに、苦笑しながら、「ですよね~。ありがとうございます」と返答した秀明は、再び愛理沙に向き直って、


「朝日奈さん、質問を変えるわ。ここ一年くらいで面白いと感じたり、印象に残ったドラマはある?」


「う~ん、そうやな~。去年放送してた『愛していると言ってくれ』は、良かったな~。あと、つい最近なら、この前まで放送してた『白線ながし』かな? 有間は観てた?」


 彼女の返答に、


「いや、ゴメン! どっちのドラマも観てないんやけど……」


と、申し訳なさそうに答えつつも、脳内では一瞬にして最適解を導き出せた、と内心でほくそ笑み、


「『愛していると言ってくれ』の主演は、豊川悦治。『白線流し』に出演してたのは、酒井美紀と柏原崇やんな? それなら、ピッタリの映画があるで!」


と、カウンターに設置しているビデオ検索用の端末のキーボードをたたく。

 検索した作品がヒットしているのを確認した秀明は、邦画・準新作の棚に目当ての作品を探しに行き、すぐに商品を発見して、中身のVHSテープだけでなくパッケージごと商品をつかんで、カウンターを挟んで対面している二人の元に戻ってきた。


「はい、朝日奈さん! 一回目のオススメ作品は、この映画」


 秀明が愛理沙に差し出したパッケージには、女優・中山美穂の横顔が写されていた。


「『Love Letter』? 中山美穂が出演してるの?」


 秀明にたずねながら、愛理沙はパッケージの裏面でキャストを確認し、


「へ~! トヨエツと酒井美紀、柏原崇も出演してるんや」


と、つぶやいた。


「去年の三月に公開された映画やから、『シネマハウス~』では紹介できへんかったんやけど……朝日奈さんなら、気に入ってくれると思うわ。今日は、色々と話し過ぎたから、あえて予備知識ナシで観てもらおうかな?」


 愛理沙には微笑んで言ったあと、今度は、店長の裕之に向き直って、


「店長、二次試験の結果は、どうですか?」


と、たずねる。

 秀明の問いに店長は、「フッ」と笑い、


「それは、朝日奈さんが実際に作品を観てから判断することやろう? 試験結果は、朝日奈さんの感想待ちやね。それと、パッケージの方は、ちゃんと棚に戻しておいてな」


 結果発表の方法を秀明に告げつつ、店内業務の基礎を確認することを忘れない。


「ふ~ん、有間のバイトの試験結果は、私の感想次第か~。ちょっと、面白いかも! 店長さんと有間が、次に一緒にお店に居てるのは、いつですか?」


 新しい楽しみを見つけた、と興味深げな声でたずねる愛理沙に、裕之店長は、


「次にシフトが重なるのは、明後日の日曜日かな?明日は、色々と用事を片付ける予定で、夕方まで店に来れるか、わからんから」


と、答えた。


「じゃあ、また日曜日に来させてもらいます! 有間、会員登録と二泊三日のレンタルでお願い!」


 秀明が、『Love Letter』のパッケージの外箱を邦画・準新作の棚に戻しに行き、カウンターに帰って来たタイミングで、愛理沙はVHSテープをレジに差し出した。


「有間クン、良い機会やし、新規会員登録の受付の練習もしておこうか?」


 店長の提案に、「わかりました!」と答えた秀明に、学生証を手渡し、会員申し込み用紙に必要事項を記入した愛理沙は、


「じゃあ、また日曜日に~!」


と、言って店を出て行った。

 朝日奈愛理沙が去って、店内から客が居なくなったことを裕之店長は、


「しかし、有間クンに、あんな可愛い知り合いがいたとは……有間クンも隅に置かれへんな」


と、ニヤニヤしながら、秀明に語り掛ける。


「いやいや、ナニを言ってるんですか? っていうか、ウチの親と同じような反応するのは、やめてください」


 真顔で返答する秀明の表情をうかがいながら、「ふ~ん」と、つぶやいた裕之は、


「ちょっと、電話を掛けてくるわ。店番お願い」


と、新人バイト店員に言い残して、店舗奥のバックヤードに消えて行った。

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