第三章~恋する惑星~⑤

「だいたい、有間クンも有間クンだよ!!!!」


 無意識のうちに、自分の思考が口をついて出た。

 彼女のイラだちの矛先は、ついに、有間秀明本人に向かう。

 つい先日、二週間ほど前に、彼は、亜莉寿自身に対して、『あぁ、自分は目の前のこのヒトのことが好きなんだ』という言葉で、自らの想いを伝えてくれた。

 その時は、驚きの方が先に立ち、自分自身の彼に対する感情については、うまく整理することができなかったのだが……。

 彼が、自分に想いを伝えた翌々日に、他の女子と喫茶店で(二人で?)会合し、談笑らしきことした、という事実を想像すると、面白くない!

 そう、全く面白い気分ではないのだ!!


(私が日本から離れたとたん、可愛い女子に誘われたら、喜んで出掛けちゃうんだ?)

(しかも、喫茶店で二人で落ち合うなんて、まるで、デートしてるみたいじゃない?)

(一体、これは、どういうことなの? あの日、私のことを好きだと言ったクセに!!)


と、ここまで、暴走したところで、吉野亜莉寿の思考回路は、パタリと動きを止める。

 自分と有間秀明は、いま、どんな関係と言えるのだろうか?

 二週間前、確かに、彼は、自身の想いを自分に伝えてくれたが、自分自身は、彼に対して、その明確な返事を伝えたわけではない。

 自分たち二人が、多くの時間を過ごした《珈琲館・ドリーム》で、彼が、想いを告げた時から時間が経過したいま、彼自身の心境に変化はないのだろうか?

 もし、秀明の心境に変化がないのであれば、あの時、自分の気持ちを、彼にハッキリと理解してもらえるカタチで伝えられなかったことをとても悔しく思う。


 ——————と、同時に、


「ならば、なぜ他の女子と気軽に出掛けられるか!?」


という怒りにも似た疑問が湧いてくる。

 一方で、もしも、有間秀明の心境が、二週間前とは大きく変化し、彼が、


「亜莉寿は、もうアメリカに行ってしまったし! そばに居るアリサに気持ちを切り替えるか」


などと、考えていたら、どうしよう……。

 そもそも、有間秀明と朝日奈アリサでは、学内のヒエラルキーというか、


「お互いに住む世界が異なるグループに所属する人種同士なので、わかり合えるハズがない!」


と、感じるものの……。

 さすがに、そんなことをストレートに伝えるのは、秀明にも、まだ、その人柄を良く知らないアリサにも失礼であることは、亜莉寿自身にも理解できる。

 それでも――――――。


(やっぱり、モヤモヤした気持ちが、おさまらない……)


 実際に、返信メールの文面に


>心待ちにしていたメールが届いて、とても嬉しいです!


と、書いてくれた秀明と同じ様に、自分も彼とのメールでのコミュニケーションを楽しみにしていたにも関わらず、最初に返信されたメールから、こんなにも気持ちをかき乱されるとは思いもよらなかった。


>(気になることがあったら、返信の時に、遠慮なく質問してください)


などと、秀明は何気なく書いたつもりかも知れないが、自分が、いま『気になること』は、気軽に質問できる類のものではない。

 おかげで、稲野高校在学中に、親しくしてくれた正田舞と高梨翼が親戚同士であったことや、放送部に入部するという坂野昭聞の後輩(彼を慕って入部しようというのであれば、カワイイ男子なのだろうか?)のことなどは、『気になること』ランキングの優先度が上がらないままである。

 すぐにでも、メールを返信したい気持ちはあるものの、どのような文面で自分のいまの《想い》を伝えれば良いのか、亜莉寿にはわからないままであった。

 思えば、彼――――――有間秀明のことをココまで真剣に考えるのは、昨年の稲野高校入学直後のこと以来であった。


(あの時は、映画館で《たまたま》有間クンに出会うまで、二カ月近くも、モヤモヤしてたっけ……)


 四月になると、気持ちを振り回されてしまうのは、自分の宿命なのだろうか……?

 そう考えると、自分の気持ちをかき乱す相手を、恨めしくも感じてしまう。


(どうして、私が、こんな想いをしなくちゃいけないの、有間クン!? あ~、もうイライラする!)


 秀明からのメールによってもたらされた情報を処理しきれず、彼女の脳内処理能力はオーバーフローをきたした。

 その結果、思考回路には防御機能が作動し、吉野亜莉寿は、いったん、思考を停止させることにした。


(とりあえず、このことについて考えるのは止めて、彼がオススメしてくれたコミックについて調べてみよう)


 そう思い直して、自分の脳内をクールダウンさせた彼女は、ノートPCのデスクトップ上に開かれているメーラーを最小化すると、インターネットのブラウザ『ネットスケープナビゲーター』をクリックして、秀明が推奨したコミックの情報検索を始めた。

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