第一章~チェリー~③
レジの前に立った秀明は、
「今日は、朝日奈さんに誘ってもらえたし、うれしい提案もしてもらえたから、感謝の気持ちとして、このお店のお代は、オレに払わせてくれへん?」
と、たずねる。
「へぇ~、有間でもカッコ付けようとすることがあるんや?」
ニヤニヤと笑いながら愛理沙は、
「ま、そこまで言うなら、今日は奢られとくわ」
と付け加えた。
「朝日奈さん、ホンマ一言多いな?」
苦笑しながら財布を取り出す秀明と、にこやかな愛理沙の様子を見て、レジを打つ女性店員が、微笑みながら、
「二人とも、楽しそうですね。これから、デートですか?」
などと、たずねる。
「「いやいや!」」
秀明と愛理沙は、同時に声を上げる。
「そんな、恋人とかじゃないですよ……」
秀明が、焦って答えるのを横目に見ながら、愛理沙は、隣の男子を指さして
「そうなんですよ~。私というものがありながら、このコ、一昨日、他の女子に告白したばっかりなんです!」
「はっ!? えっ!? ちょっと待って! なんで!? なんで、朝日奈さんが、そのこと知ってるん!?」
予想外の言葉に、驚きを隠せない秀明をよそに、愛理沙は、さらに続ける。
「でも、そのコは、アメリカの学校に転校してしまってんな!」
隣でニヤニヤと笑う同級生女子の言葉を聞きながら、呆然としている秀明に対して、女性店員は、(目の前の高校生の二人は、いったい、どういう関係なんだろう?)と、不思議そうに眺めながら、
「あっ、何か良くわからないケド、がんばってね!」
と、営業スマイル付きで伝えた。
説明の必要も無いだろうが、二日前の有間秀明と吉野亜莉寿の会話に関する情報の出どころは、亜莉寿自身だ。
彼女が正田舞に対して、三時間にわたり、秀明との喫茶店での会話を伝えた後、友人からの《近況報告》に気持ちを持て余した舞は、その直後に朝日奈愛理沙に電話を掛け、そこで聞いたばかりの話を語ってしまった。
愛理沙は、舞から電話をもらう前に、一度、有間家に電話をして秀明の留守を確認していたが、あらためて舞の《報告》を聞いた彼女は、
(有間と会う前に、また一つ面白い話しが聞けた!ありがとう、舞ちゃん)
と、友人に感謝しながら、この日の秀明との邂逅に臨んでいた。
女子同士の情報伝達ネットワークのチカラを知る由もない秀明は、このように自身のプライバシーが筒抜けになっていることに、得体の知れない恐怖を感じながら、喫茶店をはなれ、地下街の公衆電話から坂野昭聞の自宅に電話を掛ける。
ちょうど、自宅にいた昭聞は、『シネマハウスへようこそ』に出演立候補者が表れたことと、その人物が朝日奈愛理沙であることを確認すると、興奮を抑えきれず、
「二人とも、今日、いまから会える? 翼センパイにも都合が付くか、聞いてみるわ!」
と、電話越しにたずねてきた。
秀明と愛理沙は、お互いにこの後の予定がないことを確認して、これから秋聞に会えることを伝える。
こうして、二人は、昭聞が集合場所として指定した阪急電鉄西宮北口駅に向かうことになった。
「なあなあ、有間! ニシキタまで移動する間に、吉野さんとナニがあったか、聞かせてや」
ニマニマと笑いながら、要求する愛理沙に、
「別に、オレの話しなんか、どうでもイイやん……それよりも、オレとしては、亜莉寿……いや、吉野さんと自分しか知らんハズのことを、なんで朝日奈さんが知ってるのかが、スゴい気になるんやけど――――――」
秀明は、ため息交じりに答える。対して、愛理沙は、
「う~ん、情報源は秘密にしておきたいんやけど……でも、有間が、一昨日のことを話してくれるんやったら、誰から聞いたか、教えてもイイかな?」
相変わらずの笑みのままで、返答する。
秀明は、自身では全く想像が及ばない解答と自身のプライバシー流出の影響範囲を探るため、背に腹は代えられない――――――、と自身の身の上話(しかも、最も苦手な分野である恋愛話)を、隣を歩く同級生に差し障りのない範囲で語ることにした。
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