第一章~チェリー~④

 西宮北口駅に到着し、地上階のホームから改札口のある階上に移動する間、有間秀明の身体は、魂が抜けた脱け殻のごとき存在になっていた。

 昭聞と連絡を取った公衆電話から梅田駅に移動して、電車に乗車し、発車を待つ間の十五分間、さらに、梅田駅から西宮北口駅までの移動の間の十五分間、朝日奈愛理沙に一昨日の一件の内容を根掘り葉掘りの質問責めをうけたこと。そして、彼女への情報の出所が、自分が信頼を置いていた吉野亜莉寿と正田舞であることに、精神的ダメージを負っていたのだ。


(二人とも、個人のプライベートなことを外に漏らすヒトでは無いと思ってたのに……)


「彼女たちなりに、何らかの事情があったのかも……」


と、女子二名の立場をおもんばかる気持ちも無いではないが、わずか四十八時間たらずの間に、自身のプライバシーが流出していたことについては、ショックを隠せない。

 新学期からの『シネマハウスへようこそ』のメンバーが決定しそうだというのに、有間秀明は浮かない顔のまま、西宮北口駅の北側改札口で、彼と朝日奈愛理沙の到着を待っていた坂野昭聞と合流する。


「朝日奈さん、来てくれてありがとう! 秀明も、おつかれ!」


 二人の姿を確認し、声をかけてきた昭聞の表情は、秀明とは対照的に、すこぶる明るいモノであった。


(いや、ブンちゃんも喜んでくれてるみたいやし、気持ちを切り替えて、朝日奈さんとの話し合いに集中しよう!)


 そんな風に、自分に言い聞かせながら、談笑しつつ駅の北側に伸びる道を歩いていく昭聞と愛理沙に秀明は声を掛ける。


「もう、お昼時やと思うけど、これから行くお店の席は空いてるの?」


「あぁ、大丈夫、大丈夫!」


 秀明の疑問に答えた昭聞は、目的地であるバーガーショップに入り、注文もせずに、入り口から階上へと移動する。

 二階にある三十席ほどのイートイン・スペースには、秀明の良く知る上級生の姿があった。


「お待たせしました。翼センパイ!」


 放送部の部長に声を掛ける友人の姿を見て、秀明は、昭聞が昼食時の混雑時であることを気にせずに、すんなりと会合場所に案内した理由を悟った。

 同時に、昭聞が予想した以上に上機嫌であった理由も……。

 そして、先ほど気持ちを切り替えよう!と、自身に言い聞かせた決意が、早くも鈍りかけてきたことにも気付いた。


「高梨センパイですね! 今日は、よろしくお願いします!」


 上級生に明るく声を掛ける愛理沙と部活動の後輩である昭聞に対して、


 「春休み中やのに、今日は、わざわざ来てくれてありがとう~! って、みんなに言いたいんやけど……」


と、返答した高梨翼は、ここで、いったん間を置いた後、暗い表情の男子生徒をチラリと一瞥して、言った。


「何か、一人だけ、テンションの低そうなヒトが居てはるね~」


 上級生の一言を受け、昭聞は、即座に隣に立っている秀明にヒジ鉄を喰らわせる。

 

「せっかく、翼センパイが忙しい時間を割いて来てくれてるのに、ナニを不景気なツラしてるねん!」


 精神的なダメージだけでなく、肉体的なダメージも受けた秀明は、


「ブンちゃんが機嫌が良い理由が、わかったわ……」


と、だけ言葉を返すのが精一杯だった。

 そんな後輩たちの様子を眺めつつ、翼が


「なんでもイイけど、三人ともカウンターで注文してきて~。私は、ここで待たせてもらうから~」


と、声を掛けたので、秀明たちは階下のカウンターにむかい、注文を済ませることにした。

 愛理沙は、オリジナルバーガーのオニポテセット、生のトマトが苦手な昭聞は、テリヤキバーガーのセット、すっかり食欲が失せてしまった秀明はアイスティーを注文し、会計を済ませ、プラスチック製の大きな番号札を受け取り、すぐに階上の上級生が待つ四人掛けの席に戻る。

 昭聞は、放送部の先輩である翼の隣の席に座り、面接相手(?)となる愛理沙は、翼の目の前の席に、今回は第三者とも言える秀明は、上級生の対角線となる席に腰掛けた。

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