縁は奇なもの素敵なもの~願孝寺茶話室~

渋川宙

第1話 彼氏がおかしい

 その人との出会いは最悪だった。


 それはもう、これ以上ないというくらいに最悪だった。


 近所のお寺に若くてイケメンなお坊さん、いわゆる美坊主がやって来たというので、私はどんな人なのだろうと興味本位で見に行ったのが、そもそもの間違いだった。


 お寺に咲く枝垂桜の下。そこにいたお坊さんは確かにイケメンで、めちゃくちゃ格好よく、しかも背も高くてすらっとした人だったのだが――


「ちっ」

 私の顔を見て数秒、なんと舌打ちしたのである。お坊さんが舌打ち。それだけでも衝撃的なのに、明らかに私の顔を見てやったというのが、何よりもショックだった。

 そしてそのお坊さんは不快なものが目に入ったとばかりに、そそくさと本堂に消えてしまったのである。

「なっ、何なの、顔はいいかもしれないけど、くそ坊主じゃん!」

 私は思わずそう叫び、お寺から逃げるように帰っていた。以後、二度とこの寺に近づくかと思っていたのだが、運命の歯車というやつは無情にも、このくそ坊主と縁があるように動いていくのだった。





「千鶴、どうしよう。やっぱり駄目かも」

「えっ? また彼氏とケンカしたの?」

 くそ坊主との出会いから半月、中森千鶴なかもりちづるは自分の目の前で溜め息を吐く友人に呆れていた。場所は千鶴が通う、私立聖因学園高校しりつせいいんこうこうの二年三組の教室。昼休みのお弁当タイムの最中のことだ。

「またって、そう、またなのよ。ここ最近はもうずっと私が怒りっぱなし。どうしたものかと、そう悩む日々よ」

 友人、宮脇琴実みやわきことみは千鶴の呆れなんて気づかないかのように、タコさんウインナーを口に運びながら愚痴を続ける。恋に悩む乙女も腹が減るのだ。

「ううん。何だったっけ、彼氏の態度が最近おかしいってやつでしょ。で、琴実は浮気でも疑っているわけ?」

 千鶴も弁当に入っていたミートボールを食べつつ訊く。琴実は駄目だと言い続けているが、その原因を覚えていなかった。というより、あのくそ坊主事件のおかげで、色んなことがすっ飛んでしまっている。

「浮気ではない気がするのよね。ううん、浮気なのかな。でも、明らかにおかしいの」

「へえ」

 要するに具体的には何も解っていないのか。でも駄目だと思うほど深刻に悩んでいると。千鶴は思わず首を傾げた。一緒にポニーテールにしている髪も揺れる。

 それってどういうこと?

「初めに気づいたのは一か月前だったかな。一緒に道後温泉に行ったって言ったじゃん」

「ああ。春休みだよね」

「うん。観光客が多くて嫌だけど、うちから近いし、デートにはいいかなって。浴衣にはまだ寒い時期だったから、今度は夏に来ようねなんて、いい思い出なんだけど」

 琴実はそこで溜め息をもう一度吐く。二人が住むのは愛媛県は松山市。そこから道後温泉は近所に入る。路面電車に乗ってすぐに行ける場所だ。だから高校生がデートで散策していてもおかしくない。

「そこで何かがあったと」

「うん。彼、がっくんがちりめん細工のお店を熱心に見ていたのよ。ひょっとして私にプレゼントって思ったんだけど、そうじゃない感じで。浮気相手にあげるには何か違和感があるのよ。でも、とっても熱心に見てたの。可愛らしい小物の数々を!」

 そこでどんっと琴実は机を叩く。その時の顔がよほど納得できないものだったらしい。

 ちなみにがっくんとは彼氏の愛称だ。本名は高梨岳人たかなしがくと。線が細くて中性的な印象があり、女子に絶大な人気を誇る男子である。そんな彼を彼氏にしているのだから、琴実のやきもきが大変なのは解るし、浮気の心配も仕方がないように思う。

 しかし、琴実は浮気と考えるには微妙に違うという。これは一体どういうことなのか。千鶴は再び首を傾げてしまう。

「そのちりめん細工のお店にあった小さな手鏡、この間、がっくんが持ってるのを見ちゃったの。部屋に置いてあったの。なんであの時買わずにこっそり買ったのかしら。まずそれが疑問」

「ほう」

 琴実と一緒にいる時には買わず、わざわざ後日買いに行った。確かに奇妙な行動だ。しかも琴実へのプレゼントではないと。では他の女の子へのプレゼントかと考えちゃうけど、それにしては無造作においてある感じなのかな。琴実が発見しちゃったわけだし。

 確かに違和感。というか、変な行動。

「それ以外にも、どう考えても他の女と遊んでいるとしか思えないような物を熱心に見てるのよね。可愛いぬいぐるみとか、私には似合わなさそうな服とか。どう? やっぱり浮気なのかな。でも、浮気だったら私と遊んでいる時にキャッチできるはずなのに、それは全くないのよ。これってどう思う? 私が鈍いのかしら。それともがっくんが巧みなのかしら。それともやっぱりおかしいだけ? もっと可愛い女の子がいいって妄想しているだけなの?」

 どんっと、再び琴実は机を叩いた。

 ちなみにそんな琴実はさばさばした、ちょっとボーイッシュな服が好きな女の子だ。部活もバスケットボール部に所属している、背も高い女の子。可愛い系よりかっこいい系のファッションが多い。でも、女子高生らしさもあって、可愛いものも当然好きだし、こうして恋に悩む子だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る