第6話 中道

 だが、肝心の琴実も、また千鶴も一体がっくんの何に気づいたのか、さっぱり解っていなかった。

 しかし、日曜日に一緒に買い物をすると、がっくんはいそいそと可愛い小物や洋服を買っていた。そしてファッション雑誌を見ながら千鶴と流行りの服や化粧についてお喋り。それはまさに女子と一緒にいるのと変わらないことだった。

「本人が来てから話そうかと思ったんですが、まあ、あなたは何でも確認しないと気が済まない性質のようなので、先に少しお教えましょう。彼はいわゆるLGBT、性的マイノリティだったんですよ」

「えっ?」

 その単語は何度か耳にしたことがあったが、がっくんが。千鶴はびっくりしてしまった。

 あれ、でもがっくんは琴実と付き合っているのに。何だかよく解らない。

「私も当事者ではないので詳しいわけではないですが、一言でLGBTと言っても様々な方がいるようですね。高梨君の場合、性認識は女子なんですが、恋愛対象も女子というところでしょうか。たまたま真逆の方を知っていたので、そうではないかと思ったんですよ」

「はあ」

 頷いたものの、千鶴にはちんぷんかんぷんだ。

 ええっと、性別ってそんなに難しい問題だったけ。女子であることを疑ったことのない千鶴には解らない世界だ。

「その辺りは本人も交えてお話ししましょう。ああ、いらっしゃいましたね」

「えっ」

 振り向くと、そこには背の高い女の子が二人いた。一人はいつものボーイッシュな琴実。そしてもう一人はふんわりした印象のロングヘアの女の子。しかし、何だかその女の子を知っているような既視感に襲われる。それにあの洋服の組み合わせは――

「が、がっくん」

 そうだ。千鶴と一緒にがっくんが買っていた服だ。可愛い女の子は恥ずかしそうにぺこりと頭を下げる。

「びっくりでしょ。こんな可愛い女の子になっちゃうのよ。でも、千鶴と買い物に行った後、がっくんがこの格好で私の家を訪ねてきたの。で、詳しいことを話してくれたわ。最初はびっくりしたけど、もう、可愛すぎるんだから」

 琴実はそう説明して苦笑している。

 う、受け入れるの早すぎないと思った千鶴だが、別れる原因にならなかったんだと安心した。

「さあ、皆さん。立ち話も何ですからどうぞ。お茶とお菓子をお出ししましょう。ああ、今日はお代は要りませんよ」

 亮翔は完璧なイケメンスマイルを浮かべると、そう言って女子三人を茶室へと案内したのだった。




 今日のお茶請けは道後温泉の名物である坊ちゃん団子だった。抹茶、黄、小豆の三食のお団子は可愛らしく、小さいから食べるのに大きな口を開けなくていいのが嬉しい。

 これはがっくんを意識しての選択だろうか。そうだとすると、女子として扱いますよとアピールしている感じがして抜け目がなくてあざとい。

 あの坊主、やはり腹黒そうだ。

「さて」

 そんな腹黒坊主は、三人が一息吐いたところで目の前に座り話し始めた。

「仏教には中道ちゅうどうという言葉があります。これは囚われから離れ、真実を見て生きなさいというお釈迦様の教えです。お釈迦様は欲望に従順に生きるのでもなく、欲を捨てようと拘りに苦しめられるのでもなく、中道を歩むことで悟りを開くことが出来ると仰っています。今回の件はまさにこの中道が肝要な出来事でしたね」

 にこっと笑い、亮翔はがっくんと琴実を見た。真実を見なさない。それが重要だと言いたいらしい。

「人間の性とは複雑なもので、今では盛んに取り上げられています。それでも、高梨君は自分が女の子の格好をしたいということを受け入れるのに、かなりの時間が掛かったことでしょう。また、それは駄目だと思い込み、その欲を捨てようと必死だったのではないでしょうか」

 亮翔に問われ、がっくんは躊躇いがちに頷いた。その仕草は女の子そのもので、千鶴ですら男の子だという事実を忘れそうだった。

「でも、そうやって突っ張れば突っ張るほど、欲というのは大きくなったのではないでしょうか。そしてこっそりと満たされようとすればするほど、周囲から疑惑の目を向けられてしまう」

「そう、です」

 がっくんは亮翔の言葉に大きく頷いた。

 何度も自分の衝動は変だと思い、封じ込めようとしたらしい。しかし、デートで琴実とショッピングをする度に、自分もこういう服を着たいと夢想してしまったという。それでぼんやりと可愛い系の服を見てしまっていたというわけだ。

「確かにまだまだ性的マイノリティの人々にとって、世界は生きにくいことでしょう。でも、我慢するのはおかしな話です。そうやってありのままの自分を受け入れてあげてこそ、初めて余裕というものが生まれるのです。幸いにしてお友達の中森さん、それに彼女である宮脇さんはあなたを受け入れてくれています。そこを取っ掛かりとしてください」

 亮翔はそう言うが、千鶴も琴実もほぼ騙し討ちにあったようなものだ。でも、可愛らしいがっくんを軽蔑するような気持ちはない。むしろ、何だそういうことかとすっきりした。

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