第27話 未練があるのは解っている
「未練たっぷりなのは認めるよ」
「おおっ」
ついに言う気になったかと、八木はさらに飲め飲めと亮翔のコップにビールを注ぐ。亮翔は酔わないと言えないなと、ありがたくそれを一気飲みした。
「あの中森って子」
「え? ああ、中森さん。どうしたの?」
八木は千鶴が亮翔の悪口を言っていた現場を知っているため、なぜここで話題になるのかと首を捻る。
「ちょっと美希に似てるんだよ。父親である恭敬さんもそう言うんだから、俺の勘違いじゃない。でもさ」
「でも?」
「あの子を見て、美希が帰ってきたんじゃないかって思った自分がショックでさ。坊主になって、ちょっとは進歩したのかなって思ってたのに、マジで嫌だよ。俺は美希のことを、まだ受け入れられていないんだ」
「――」
意外な告白に、八木は目を丸くするしかない。しかし、それで舌打ちねと八木は納得した。亮翔の中で、まだ決着がつかない。それを自覚させてしまったのが千鶴というわけか。何とも切ない気分になる。
「いなくなって、もう六年も経つんだぞ。でも、全然駄目だった」
「駄目って」
突いてみたのは自分だが、弱気な言葉に八木は動揺してしまう。坊主になったのは美希のためだと知っている。でも、今は別の信念があるのか。それを確認したかったわけだが、やっぱり、美希のこととは切り離せていなかったのだ。それが悲しくて仕方がない。
「俺、一度は美希との約束を反故にして、大学院に行って、研究者になってもいいかなって思ったのに、気づいたら大学院辞めて坊主になってたくらい、未練たらたらだ。それでも、五年修行して、美希のことを少しは客観的に捉えられるようになったと、思ってたのにな」
亮翔は一気に気持ちを吐き出し、次いで溜め息を盛大に漏らす。千鶴と知り合ってから、自分の気持ちは乱れっぱなしだ。つい美希の面影を探し、千鶴に対して八つ当たりしてしまう。もう自分の前に現れないでくれと思いつつ、こうして旅行に行くことは了承してしまう。そんな不甲斐なさだ。
「それって、お前、中森に恋を」
「ねえよ」
「あっ、そこは瞬発的に反論するんだ」
弱々しく語ったかと思えばしっかり睨んでくる亮翔に、八木は苦笑してしまう。しかし、千鶴の存在が亮翔の心に大きな変化をもたらしたのは確かなことというわけか。
「無理に忘れる必要はないんだろうけどね」
しかし、今の亮翔を見ていると辛そうだ。坊主になったことさえ、辛い選択の末だったのだろう。それは今の告白で確信した。となると、忘れることは無理だろう。だが、このままではずっと亮翔は同じ場所で留まったままなのではないか。そんなことを懸念してしまう。
「何でだろうな。坊主になったことさえ駄目だったっていうんなら、俺はどうすれば美希のことを、過去のことに出来るんだろう」
それは亮翔も気づいていて、そんなことを呟いてしまう。相手が過去を色々と知っている先輩だからか、つい、本音が漏れてしまった。恭敬は美希の父親だし、こんなことは言えない。
「願孝寺を離れるしかないんじゃない?」
「それは考えた。でも、師匠がまずは願孝寺に行くべきだろうって」
「まあ、今のままじゃ、別の場所でも同じか」
「そう。それは解っている」
どこかで区切りをつけるためにも、一度は願孝寺の坊主として務めるべきなのだ。しかし、諦められるかと思えばそうではなく、そっくりな千鶴に動揺してしまう始末だ。
「彼女が、まだ生きている可能性があると思うから、かな」
八木はぽつりと訊ねる。しかし、それに亮翔はあり得ないとすぐに否定した。
「太平洋上で飛行機が突然行方不明になった。確かに、それだけだ。しかし乗客乗員誰一人見つかっていない。六年経った今も、機体の一部さえ出て来ない。だとしても、生きているなんてあり得ないよ。でも」
「でも」
「美希と最期のお別れをしていないのは、確かに痛いのかもな」
未練が続く理由を、亮翔だってずっと考えてきた。しかし、こうして何一つ動けないままだ。せめて美希の死体と対面していれば違っただろうか。それとも、自分はやはり彼女を忘れられずに、こうして出家してしまっただろうか。それもまた、解らない。
「運命は、時に残酷だね」
八木はそれ以上何も言えなくて、静かに亮翔のコップにビールを注いでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます