第26話 職業病は糖尿病!?
「おやつは別腹よ。みかんジェラートは美味しかったけど、こう、がつんとしたのも食べたいの」
琴実は何を言っているのと早速自分で出した母恵夢に齧りつく。バターが練り込まれた生地に黄身あんが包まれていて、幸せな味わいだ。思わず顔が綻ぶ。
「お喋りするならおやつがあった方が楽しいよ。ほら、がっくんも一つどうぞ。伊予柑ピールって珍しいよね」
千鶴も意識しないようにしないとと思い直し、がっくんに伊予柑オランジェを勧める。がっくんはそういうものなんだと、オランジェを一つ摘まむ。
「はあ。女子に憧れているわけだけど、本物に近づくにはまだまだかあ」
そしてそんなぼやきを口にするものだから、千鶴はぶっと吹き出してしまった。しかし、琴実はやれやれという顔をしている。
「何を言ってるのよ。女子の中にも男っぽい人なんて一杯いるし、亮翔さんの話だとがっくんと真逆のパターンだっているわけでしょ。何でもかんでも女の子らしくって思うからおかしいのよ。大体さ、がっくん私を見ていて女の子らしいって思う?」
そしていきなりそんな質問を繰り出した。仮にも付き合っていた相手に何を訊いているんだと、千鶴はぎょっとしてしまう。
「ああ。確かに琴実は男の子っぽいなあって思うこと多いかも。だから、ちょっと楽だなって思ってて」
「でしょ。千鶴と同じタイプだもんね。任せなさい。男前な琴実ちゃんが二人を守ってあげるわ」
しかし、琴実がそんなことを言ってにやりと笑うので、千鶴はまた笑い出してしまった。
「ちょっと、まさか琴実は男の子になりたいの?」
「え?それはないわよ。女の子がいいわ。でも、こうゆるふわ系女子じゃないのは自覚してるもん。だから、男前女子を目指すことにしているの」
「へえ」
男前女子って凄い言葉だけどと、千鶴は何だか納得だった。琴実はカッコイイ女の子だと常々思っていたから、とてもしっくりくる。
「なるほどねえ。僕、琴実と付き合ってよかったよ」
「なっ」
しかし、がっくんがしみじみそんなことを言うので、琴実は顔を真っ赤にした。その様子に、やっぱり彼氏と思っている部分もあるんだねえと、千鶴はにまにましてしまうのだった。
「泥棒かと思ったけど、そうじゃないんだ」
「ううん。どうだろうな。そこははっきりと解らん。しかし、ただの物取りじゃなさそうだ。だから財布やカバンの心配はしなくていい」
「へえ」
さて、亮翔と八木も無事に酒盛りに移っていた。注文した道後ビールをコップに注ぎながら、八木は相変わらずの洞察力だねえと感心する。
「別に洞察力というほどのものでもないさ。単純なパズルと同じだよ」
しかし、亮翔はそんな八木のよいしょには付き合わず、バリィさんのふんという、チーズ味の丸いお菓子をぽりぽりと摘まんでいた。
「それ、中毒性があるだろ」
「そうだな。酒と組み合わさると最悪なくらい相性がいい。太らないように注意しないと」
亮翔はそう言って思わずお腹を擦る。それに、体形を気にするほどでもないけどと八木は首を捻った。
「坊主ってのは痩せていないと格好がつかないだろ」
それに亮翔は職業を考えてくれよと、注意しないとと言いつつビールを飲みながら指摘する。
「そうかな。太っている人もいるよね。恰幅のいい住職って珍しくないような気がするよ」
「ああ。それは法事なんかで食事を出されて、食べることが多いからだな。坊主のジョークに職業病は糖尿病ってのがあるくらいだ」
「ははっ。豪華な料理を食べる機会が多いってわけか」
「そういうことだな。まあ、檀家さんとの付き合い方にもよるだろうし、人それぞれだけど、食べるとなると残さず食べないことには格好がつかないだろ。だから太るんだよ」
坊主も色々あるんだよと亮翔は溜め息を吐く。
「へえ。すっかりお坊さんが板についているわけだ。てっきり美希さんへの義理立てだとばかり思ったのに」
「お前はすぐに美希のことを」
「でもさ。誰もが疑問に思っていることだよ。今でも、忘れられないんだろ?」
八木がぐいっと身体を乗り出して訊いてくるのを、亮翔は鬱陶しいと思う。が、確かに周囲は疑問に思っている。それは知っていた。
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