第25話 菊の間の客

 一方、亮翔は確認のためにフロントに行くと、丁度よく帳簿整理をしていた百萌の父の直義がいたので声を掛けた。そして不審者がいたことを告げる。

「不審なお客様ですか。しかし、当旅館の浴衣を着ていたならば、宿泊されているはずですよね」

「とは思いますが、浴衣さえ用意出来れば誤魔化せますよね。明らかに挙動不審でしたし、この旅館に三十代くらいのお客さんは泊っていますか?」

「三十代。でしたら、菊の間のお客様でしょうか。ああ、だとすると廊下の反対側ですし、何より菊の間の前は十三夜の間です。十六夜の間と間違うことはないはずですねえ」

 客を疑いたくない直義だったが、困ったなあと腕を組む。それは亮翔も同じで、どうして十六夜の間を開けようとしていたのか、という疑問がある。

「今夜のことを考えると、はっきりさせておきたいんですが」

「ああ、そうですよね。ゆっくりお休みになれませんものね」

「ええ。俺は構いませんけど、一緒に高校生の高梨君も泊ってますし」

「そうですね」

 百萌の同級生がいるんだと、直義の顔が厳しくなる。とはいえ、泥棒かと問い質すのは危険な気がした。まだ何の確証もなく、盗まれた物もないとなると、言い掛かりだと逆に何をされるか解らない。

「それもそうですよね。ううん。あの男が何の目的で十六夜の間や他の部屋を確認しようとしたのか。それが解ればいいんですけど」

 亮翔は顎を擦って考え込むが、直義も目的は解らないと首を振る。

「あれ、亮翔さん。どうしたんですか?」

 そこに百萌がやって来て、二人で話し込んでどうしたのと訊ねてくる。それに直義は

「何でもないよ」

 と誤魔化したが、亮翔は閃いたとぽんと手を叩く。

「百萌さん。露天風呂のある部屋の特徴って何ですか?」

 そしてそんな質問をした。直義は一体何を言い出すのかと、この間の大威徳明王の件があるからか、冷や冷やとした眼差しをした。

「露天風呂のお部屋の特徴ですか。それって露天風呂以外にということですよね」

「ええ」

「それでしたら、いくつか骨董品を置いているということでしょうか。露天風呂のある部屋は広くゆったりとした造りですから、インテリアとして置いてあります。とはいえ、それほど値の張る物はないはずですけど」

 家宝事件があったからか、百萌はすでに旅館にある骨董品に関してあれこれ調べていたようだ。亮翔は読み通りの答えににっこりと頷く。

「ありがとうございます。それならまあ、大丈夫かな」

 亮翔は意味深に笑うと、心配するほどのことでもないようですとフロントを後にしたのだった。




「下着は、うん。まだ男物しか持ってないよ」

 さて、無事に部屋に問題がないことが確認され、がっくんは女子たちと合流したのだが、いきなり下着の確認をされて面食らっていた。しかし、確かに問題なんだよねえとぼやく。

「ってことは、下着も可愛いのがいいんだ?」

 千鶴は道後ハイカラ通りで買っていた伊予柑オランジュという、伊予柑のピールをチョコでコーティングしたお菓子を出しながら訊く。

「うん。男物って基本的に黒、青、グレーしかないんだもん。他の色は派手なだけで可愛いわけじゃないし、困るんだよねえ」

「そうか。好みのものは全くないんだ。それは気分が上がらないわ」

 琴実も母恵夢という、愛媛銘菓の乳菓を取り出しながら同情する。千鶴からすると、さっきまでがっくんのアレの話題を口にした子がそれを言うかという気分だが、本人を前に口に出来なかった。それに、話題にしちゃうとがっくんを男の子として意識してしまい、女子トークじゃなくなってしまう。

「二人とも満腹って言ってたのに、すぐにお菓子を出すんだ」

 そんな二人にがっくんはまだ食べるのかと目を丸くしている。ううん、そういう反応は男の子っぽいなあと、千鶴はがっくんを観察して思う。しかし、それは過剰に男女を意識しているだけかと思い直した。女子でも食事の後はおやつは食べないというストイックな人もいるはずだ。

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