第10話 鬼のような仏様
「それで、旅館の子に相談されたのか?」
「は、はい。ここで色々と相談できることは知っていたんですけど、なんだかすぐに相談するには敷居が高いからって、私経由で」
「ほう。その敷居が高いという印象は全国的な問題で、坊主も頭を抱えている問題だ。本来お寺は檀家さんや信徒の人たちの相談を気軽に受ける場所だったというのに、すっかり訳の分からない場所となっている」
「そ、そうなんですね」
お寺側も問題視していることなんだと、千鶴には意外だった。お坊さんってどんっと構えているのかと思っていたけど、あれこれ大変なのかな。
「そうだ。ただでさえ少子高齢化の影響でお寺は存続の危機に立たされているところも多い。若い人は熱心にお寺をお参りはしないし、檀家として坊主が訪ねていくことも歓迎してくれない。しかし、そのままでは駄目だとうちのように相談室を作ったりカフェを作ったり、SNSを活用したりと新しいお寺の形を模索しているんだ」
「へえ」
なるほど、お茶室でお接待をしつつ話を聞くというのは、お寺の一つの戦略なわけだ。確かに千鶴も、この相談室を琴実が見つけなければ、あの舌打ち事件以降来ることはなかっただろう。見事に戦略に乗ってしまっている。
「で、旅館の子がどうしたって?」
「あっ、はい」
亮翔に問われ、千鶴はさっき聞いた話を出来るだけそのまま伝えた。すると、亮翔が腕を組む。
「鬼のような形相の仏様ねえ」
「そんな仏様、いるんですか?」
そもそも仏様って微笑んでいるものじゃないのか。千鶴は首を傾げた。すると亮翔が溜め息を吐く。
「だって、普通は優しい顔でしょ」
「まあな。だが不動明王くらいは知っているだろ? あの仏様は怒った顔をしているだろうが」
「ああ」
そう言えばそうか。お不動さんとも言われる不動明王は確かに怖い顔をしていた。
「そこから考えると、その巻物に描かれているのは明王部の誰かだろうか」
「明王部?」
「不動明王だけでなく、明王とつく仏様は他にもたくさんいるんだ。その仏様を合わせて明王部と言っているんだよ。他にも怖い印象となると閻魔大王の可能性もあるな」
「閻魔大王って仏様じゃないんじゃ」
「地蔵菩薩の化身と言われているな」
「へえ」
仏教って知らないことばかりだな。千鶴は改めてそう思った。でも、それもそのはずで葬式や法事でしかお世話にならない。一応千鶴の家も仏教だけれども、それは普段は意識すらしないものだ。
「後は何か戒めのために描かれたものという可能性もあるな。その場合は現物を見てみないことには何も言えない。父親や祖父が怯えているとなると、そちらの可能性も高いが――まあいい。その相談、受けよう」
「あ、ありがとうございます」
「取り敢えず、その巻物を持ち出せるようならば今度の日曜日に持って来てくれと伝えてくれ。時間は前と同じく十三時でいいか」
「も、もちろんです」
「それと」
「それと?」
「日曜日は三百円いるからな」
亮翔が意地悪く笑うので、千鶴は解ってますよと舌を出して応酬していた。
そして日曜日。またしても快晴だ。千鶴は窓から外の様子を見て、別に晴れなくてもいいのにと思ってしまう。でも、気分が重い理由は亮翔に会うことではなく――
「はあ。三百円か」
今回はさすがに自分の分は自分で出さないとなあと溜め息。女子高生にとって三百円は大きい。あと少しで乳液が無くなりそうなのになあと、化粧ポーチを見て溜め息。それほど高い化粧品を使っているわけではないが、やはり女子高生には死活問題だ。あるのとないのとでは肌の調子が違う。
「おやつを我慢するしかないか。ああ、でも、スタバの新作は飲みたいし」
これぞ煩悩だらけと、自分で苦笑する。しかし、三百円は大きい。良心的な値段だというのは解っているが、今はちょっと厳しいのよねえと言い訳してしまう。
だって、五月には連休があるんだもん。しかもそれは今日からだ。ここからの四連休、お金を使うのは目に見えている。だから少しでも休みの間に使えるお金を確保したい。節約しなければいけない。とはいえ、だ。
「まあ、この間は美味しいラスクをご馳走になっちゃったし」
払わないわけにはいかないかと覚悟を決め、千鶴は出掛ける用意をして外へと飛び出した。今日も夏かと思うほどに暑い。この年々夏が長くなるのは止めて欲しいなと顔を顰める。そろそろ日焼け止めも買わなきゃいけなくなるではないか。
「中森さん」
空を見ながら歩いていたら声を掛けられた。風呂敷に包まれた長い物を持つ女の子は、あの篠原百萌だ。お嬢様らしい爽やかなワンピース姿で、とても似合っている。
「こんにちは、篠原さん」
「こんにちは。よかったわ。正確な位置を知らないものだから会えなかったらどうしようかと思っていたの」
「あっ、そうだよね。私は近所だからすぐ解るけど、地元じゃないと路地を曲がるところを間違えそう」
願孝寺はちょっと奥まったところにあるからと千鶴は頷いた。道後温泉が地元の篠原では、この大街道付近は少し解り難いのも頷ける。
「あれ、そう言えば榎本さんは?」
てっきり榎本に案内してもらうものだと思っていたのにと、千鶴はきょろきょろとしてしまう。
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