第9話 意外とぶっきらぼう

「仏様?」

 しかし、意外や意外、話はホラーにならずに仏様になってしまった。しかし、怖い鬼のような形相の仏様。まったく解らないうえに、気味が悪い。篠原と同じ感想を持った。ひょっとしてその仏様の名前を知りたいのだろうか。いや、それだったらすぐにお寺に相談できるはず。

「一体どういう仏様なのか。どういう謂れがあるのか知りたいっていうのもあるんだけど」

 案の定、その先の部分で篠原は躊躇った。ああ、やっぱりホラーらしい。

「百萌のお父様やお祖父様の様子がおかしいらしいのよ」

 だが、その先を榎本がすぱんっと言ってしまった。しかし、まだ具体的ではない。様子がおかしいとはもしや、その仏像の絵が悪さをしているのか。篠原は覚悟をしたように先を話し出す。

「そう、なの。何だか怯えているようで。一体どうして巻物が出てきて怯えているのかなって。思えば由緒ある巻物だったら倉庫に入れていないでしょうし、客間に飾ってあるはずですもの。一体何なのか、気味が悪くて」

 篠原の言葉に千鶴も頷いていた。それはちょっと気味が悪い。でも、それをお坊さんに相談していいものか、悩むのも解る。だって、仏様の絵が出てきたのに父親と祖父の様子がおかしいなんて。

「と、取り敢えず一度、お寺に話してみるね。たぶん、その絵を持って来てってなると思うけど」

「ええ、それは構いません。ただ、取り合ってくれなかったらどうしようと不安だったから」

 ともかく進展しそう。それだけでほっとする篠原に、これは気合いを入れてあの腹黒坊主を捕まえないとなと千鶴は奇妙な責任感を覚えていた。




「うおっ」

「何でそんな反応をするんですか?」

 松山市駅で二人と別れ、そのまま願孝寺にやって来た千鶴だが、ばったり門のところで作務衣姿の亮翔と出会っていた。すると亮翔が驚いた声を上げるので、千鶴はぶすっと膨れてしまう。

「いや、その」

 亮翔はしまったという顔で頭を掻く。そして顔を真っ赤にして目を泳がせた。

 まったく、ひょっとしてまた住職の娘さんと間違えたのだろうか。今回は舌打ちの時と違って可愛い反応が見れたので、その点は許してやろう。イケメンの戸惑う姿というのはいい。だが、毎回驚かれても困る。

「あの、そんなにご住職の娘さんに似てるんですか?」

 というわけで、ストレートに訊ねてみる。すると亮翔の顔がみるみる赤くなった。

「か、顔はな。性格はさっぱりだ。美希さんは君みたいにがさつじゃない」

「なっ」

 が、次にがさつと言われて千鶴はむかっとする。やっぱり腹立つな、このくそ坊主。しかし、娘さんの名前は美希というのか。

「ひょっとして亮翔さん、美希さんに惚れてるの?」

 ムカつくのでちょっと突っ込んだ質問をしてみた。するとまた亮翔が顔を赤くして狼狽える。図星か。なるほど、それで毎回動揺するのか。ひょっとして帰ってきたのかと期待しちゃうんだ。

「む、昔の話だ。それで、どうした? 寺に用事か?」

 動揺する亮翔は前回と違って敬語を使うことさえ忘れて問い掛けてくる。ああ、これ、絶対に引きずってるじゃんと千鶴は面白くなった。が、今は亮翔と美希の恋愛ではなく――そちらももちろん気になるが日を改めてということで――さっそく篠原の相談について話すことにした。

「隣のクラスの子が旅館をやってる家の子なんだけど、ちょっと困ってるらしいの」

「ほう。相談か。じゃ、じゃあ、上がれ」

 今更敬語に戻すのはおかしいと思ったのか、亮翔はぶっきらぼうな口調のまま、中へと案内してくれた。そしてあの茶室へと通してくれる。

 それにしても、こうやってお坊さんが動揺した姿というのは珍しい。それだけで面白いものが見れたという気分だ。

「丁度よく、昼間にひめラスクを買って来たところだ。食うか?」

「え? いいんですか? それとも三百円取るつもりですか?」

 お茶菓子をくれるというので、千鶴はびっくりして訊ねると、亮翔が睨んでくる。

「要らねえなら茶も出さねえぞ」

「い、いただきます」

 あまりにぶっきらぼうな態度に呆れてしまうが、この人の素の部分はこうなのだろうと千鶴は思い直す。そうでなければ、あの舌打ち事件が起きるはずがない。

 とはいえ、相手はお坊さんだぞ。まったく、精進が足りないんじゃないのと、心の中だけでツッコミを入れるのは忘れない。

「わあ、きれい」

 しかし、出てきたラスクに顔が綻んだ。ひめラスクとは愛媛土産として売られているもので、柑橘の旨味を生かして作られたカラフルなラスクのことだ。旅行雑誌にもお土産物のおすすめとして取り上げられている。

「いい匂い」

 しかもこのラスクに使われている柑橘は、地元農家から直接仕入れて完熟したものを使っているという。さくっと噛みつくと爽やかな香りが鼻を擽った。

「美味しい。でもこのラスク、高校生にはちょっと高めよね。コンビニのお菓子みたいに気軽には買えないから、あんまり食べられないんですよ」

「そ、そうか」

 素直に喜ぶ千鶴に再び動揺してしまった亮翔だが、今回はラスクのおかげで気づかれずに済んだ。亮翔はお茶をがぶ飲みすると気持ちを落ち着ける。

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