第18話 旅行に行こう

 千鶴が八木にばったり会っている頃。

「うちの孫がお世話になっているそうで、ありがとうございます」

「いえいえ。元気溌溂としたお嬢さんで、私どももいい刺激を受けております。特に亮翔にはいい刺激になっていますよ」

 例の茶室でそう和やかに会話を交わすのは千鶴の祖父の雅彦と、住職の恭敬だ。二人は時期的にもうすぐ終了となる丸ごとみかん大福を堪能しつつ、世間話に興じていた。その流れで千鶴の話題になったのだ。

「亮翔君はなあ。美希さんのことがあって心配だったし」

「ええ。千鶴さんがどことなく美希にそっくりなもので、動揺していましたしね。心配はまだまだ」

「うちのお転婆な千鶴と美希さんじゃあ月とすっぽんでしょうに」

「いやいや。私も最初はびっくりしましたよ。高校生の頃の美希が現れたのかと驚きました」

「ふうん。まあ、会えぬ時間が長くなればなるほど、どこかに姿を探すものですかな」

 雅彦が意地悪くにやりと笑って問う。それに恭敬はまだまだ修行が足りませんねと坊主頭をぺちりと叩いた。

「いやいや。亮翔君が傍にいるのだから仕方ないでしょう」

「ええ、まあ。あのまま仏門を続けると言ってくれた時、ほっとしたと同時に複雑な気持ちになりましたからね。彼には別の道もあった。それを捨てて仏門を選んだのは美希を思ってのことです。それなのにってね」

「まあなあ。しかし、ショックだからこそ仏門に残ったのでは?」

「それもあるでしょうけど、亮翔はまだ若い。むしろきっぱり離れてしまうのも、一つの道だったと思うことがあるんですよねえ。大学からも残って研究しないかと誘われていたと言ってましたし」

「ふうむ」

 人生の選択は難しいなあと、雅彦は顎を撫でる。亮翔にとって何が正解だったか。それは誰にも解らない。当然、本人だって悩んでいることだろう。しかし、彼はここで僧侶として生きる道を選んだ。それを否定するのは間違っている。

「それは解っていますよ。でも、美希に縛られ続ける人生は歩んでほしくありません。それだけは、どうにか亮翔に理解してもらいたいところです」

 恭敬はしみじみと呟き、社務所の方へと目を向けていた。




 旅行の日は五月の第三週の土日になった。千鶴たちの予定と百萌に聞いた望月旅館の混雑具合を考えてこの日に決まったのだ。

 土曜日はまたしても快晴だったが、今回の千鶴は晴れの天気でも憂鬱にはならない。むしろ旅行カバンという大きな荷物があるにも関わらず、願孝寺まで軽やかに向かった。

「何だかワクワクするね」

「そうね。普段自分たちで行くのとは違う感じ」

「俺はこの格好で旅行なんて初めてでおっかなびっくりだけど」

 願孝寺の境内で落ち合った三人は、それぞれに旅行カバンを持ってウキウキ。がっくんは可愛らしいワンピース姿で、ちょっと落ち着かない感じだが、とても嬉しそうだ。

「ねえ、がっくん。せめて一人称は僕にしようよ。その方が可愛いし」

「そうね。俺だとちょっと格好とミスマッチだよ」

 そんながっくんに二人は一人称の変更を提案。僕だったら普段使っていてもおかしくないし、女子の中には僕と言っている人もいる。こっちがベストだ。

「あっ、そうだね。気を付けるよ」

「うん」

「おっ、揃ってますね」

 そこに現れたのは亮翔――ではなく八木だった。この間と同じく大学生のような格好に小さいながらも旅行カバンを持っている。その姿に三人はぽかんとしてしまった。

「ああ、大丈夫。亮翔も行くよ。でも、何だか心配で俺もついて行くことにした。坊主とはいえ一応あいつも若い男。美希さんのことを引きずっているとしても男だ。そんな奴に可愛い生徒を任せられるか。ああ、高梨。お前も亮翔から聞いているから心配するな。休みの間はうんと女子を楽しめよ」

「は、はい」

 にこにこと捲くし立てる八木に呆気に取られていたが、がっくんは何とか頷いた。しかしまあ、この間の盗み聞きからここまで発展するとは、八木、見た目に反して行動的だった。

「十も離れている子ども相手に何を言っているんだか」

 そこに支度を終えた亮翔が現れた。今日は彼も洋服姿で、坊主頭もおしゃれスキンヘッドのようになっている。そのギャップに千鶴は思わず噴き出してしまった。めっちゃ遊び人っぽい。

「おいっ、失礼だぞ」

「いやいや、だって、ねえ」

 睨んでくる亮翔に、千鶴は同意を求めるように琴実を見る。琴実は初めて聞く素の亮翔の言葉遣いに驚いていたが、確かにと頷いた。

「まったく。先輩が付いてきてくれて助かりました。俺には面倒見きれませんよ。本当は先輩だけがくっ付いていってくれればいいのに」

「いやいや。それだと何かと問題だからね。今回はたまたま同じ旅館に泊まったっていう体で」

「教職員は面倒ですね」

「そういうこと」

 どうやら八木は自腹で別の部屋に泊るらしい。それはそれで申し訳ない気分だ。

「なんか、すみません」

「いや、いいよ。新婚旅行の下見ってことで彼女にも言ってあるし」

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