第17話 意外な知り合い
「ああ、それはそうよね。お坊さんって意外と忙しいみたいだし、お葬式なんて突然だもんねえ」
「そうよねえ。七月から秋のお彼岸までは忙しいらしいよ。お盆あるし、あれこれやることがあるみたい」
「ああ、家に来てくれるやつでしょ。うちも近くのお寺のお坊さんがお経を上げに来てくれるよ。お坊さんが来たら夏休みも後半だって焦るのよね」
「そうだった。うちもお祖父ちゃん家には来てる。あれ、どこのお寺さんが来てるんだろう」
今までお坊さんなんて意識したことがなかったし、相手をするのは祖父だけだ。その間、千鶴は邪魔にならないようにと、父が祖母も連れて買い物に出掛けるのが毎年恒例になっていた。
「へえ。意外と願孝寺だったりして」
「うわっ。あり得そうで怖いわ。そう言えば、亮翔さんがイケメンだって情報もお祖父ちゃんから回って来たような」
あの時、迂闊にも見に行くことになったのは、イケメン美坊主というキーワードに引っ張られたからだが、その情報の発信源は祖父の雅彦からではなかったか。そこから母の千秋に伝わって千鶴に回ってきた気がする。
「嫌だわ。うちが願孝寺の檀家だったらどうしよう」
「いや、別にいいじゃん。今度は旅行も一緒に行くんだし、どっぷりお付き合いしているようなものでしょ。まだ最初の舌打ち、引きずってるの?」
琴実は面白そうに笑うが、実際にやられた千鶴は面白くない。
琴実にはがっくんのことが終わった後に喋ったが、第一印象の悪さはなかなか変わらない。それどころか、最近は亮翔の素の部分を知ってしまったので、腹黒だと思っている。
「あの人、私にはもう敬語使わないのよ。まあ、この間はラスクをご馳走になったけど。なんなのよ、全く。そんなに住職の娘さんの美希さんにそっくりなのかしら。というか、美希さんは遠くに行って、別に亮翔さんとはお付き合いすらしていないくせに、何をぐだぐだ」
思い出したら苛々してきた。千鶴は大きな口を開けてワッフルを頬張る。
一体何なのだろう。人の顔を見て舌打ちしたり驚いたり。どれだけ未練たらたらなんだか。
「へえ。可愛いところあるじゃん」
「可愛くないし」
「そうかな。ひょっとして初恋の人なんじゃないの?何歳だっけ?」
「知らないわよ。うちの担任の八木先生くらいじゃないの?」
「ああ、確かに」
琴実は二年三組の担任である
因みに八木は二十九歳だ。優しい顔立ちの八木は女子の人気は高いものの、数学担当なので授業は嫌われているという不憫な人だ。
「八木先生って彼女いるのかな?」
「さあ。先生の恋愛とか興味なし」
「ありゃ。千鶴って年上が好みなんでしょ」
「でも、八木先生はタイプじゃないわ。ああいう優男って無理」
「おおい。そこまで言われると傷つくぞ」
そこに割って入って来た男性の声に二人はぎょっとしてしまう。
振り向くと、なんと隣のテーブルに八木の姿があるではないか。休日なのでいつものスーツ姿ではなくTシャツにジーンズとラフな格好をしていて、すぐに同一人物とは解らなかった。何だか普段より若く感じて、大学生に見える。
「や、八木先生」
「な、何してるんですか? ってか、男の人ひとりでよくここに入れましたね」
二人は驚いたままにそう言うと、男一人で入れないことはないよとあっさりしたものだ。
「ここのみかんをたっぷり使ったトニックソーダが大好きでね。つい寄っちゃうんだ。本当は聞かなかったことにしようと思ったんだけど、あまりに好き勝手言うからさあ」
「ご、ごめんなさい」
「まさか先生がこんなところにいるとは思わなかったもので」
確かに手にはみかんトニックソーダがある。しかし、意外な担任の好みが発覚したものだ。しかもちゃっかりワッフルも頼んでるし。意外とこの先生、甘党だ。
「それより君たち、願孝寺の望月君を知ってるんだね」
「え?」
今まで望月旅館の話をしていたが、望月君? 人名ではないのだけれど。
きょとんとした千鶴と琴実の顔に、八木は首を傾げたがすぐに合点した。
「ああ、そうか。苗字は聞いていないんだね。亮翔さんっていうのが望月君だよ。彼のフルネームは望月亮翔だからね」
「ええっ」
「ってか、フルネームが仰々しい」
「ははっ。確かにね。しかもイケメンなもんだから、まるで芸能人みたいだよね」
八木はそう言って笑うが、まさかのお知り合いだったとは。世間は狭い。
「あれ。じゃあ、亮翔さんは先生と同い年ですか?」
先ほど年齢の話題をしたわけだが、そこもばっちり八木に聞かれていたわけか。何だか恥ずかしくなる。
「いや。彼は二個下だよ。だから今は二十七歳だろうね。大学の後輩でね。よく馬鹿な話をしたもんだよ。しかし、本当に世間は狭いねえ。坊主になるとは聞いていたけど、勤めることになったお寺がこの近所だろ。しかも君たちが何だかお世話になっているなんて。今度、挨拶に行かないとなあ」
「へえ」
まさかのお知り合いだったとは。今後、悪口には気を付けよう。
千鶴は懐かしいなあとニコニコする八木の顔を見つつ、この先生が告げ口するとは思えないけれども、そう誓うのだった。
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