第49話 不在の証明は難しい

 春成が岩峰寺に戻ると、知った顔が誰もいないので驚いてしまった。しばらく広間の横の部屋で呆然としていると、寺で修行している僧侶の一人がやって来て、藤田の家に行ったと教えてくれた。

「なんでも幽霊が出たとかで」

「ふうむ。なるほど」

 それはまた、御仏は面白い導きをしてくれるものだと春成は顎を撫でて笑ってしまう。法話会で多くの人に触れることで亮翔の気分転換になるかと思ったが、その前に丁度いい試練が現れたらしい。

「これで自分の気持ちと、ついでに千鶴さんへの気持ちに気づけば万々歳だがなあ」

 しかしふと、困ったことに気づく。法話会は一時間後の二時から始まる。それまでに彼らは戻ってくるのだろうか。

「まあ、話は俺が何とかするとして」

 どうしたものかなと悩んでいると、きゃっきゃと騒がしい声がした。そしてその声はこちらへと近づいてくる。

「あっ、春成さん。よかった、間違ったかと思いましたよ」

「ああ。琴実さんにがっくんだな。丁度良かった」

「え?」

 かき氷を食べて岩峰寺にやって来たばかりの二人は、丁度良かったと言われて首を傾げてしまう。一体何が丁度いいのか。しかし、首を傾げている間に春成はスマホでどこかに電話を掛け始めた。

「ああ、亮翔か。幽霊騒動はどうだ?」

 しかも幽霊騒動なんて言うものだから、ますます首を傾げてしまう。

「こっちは大丈夫だ。琴実さんとがっくんに手伝ってもらうから。ああ、恭行君だけ、二時には戻って来いと伝えてくれ。なあに、大丈夫だ。俺を誰だと思っている。じゃ」

 と、そこまで喋って電話を切った。そして春成はちょっと待っててくれとどこかに行ってしまう。

「どうしたんだろう?」

「解んない。でも、亮翔さんと千鶴ちゃん、別のところにいるみたいだね」

 琴実とがっくんがそう言い合っていると、春成が戻ってきた。手にはお寺の名前が書かれた法被がある。

「本当は亮翔と千鶴さんにやってもらう予定だったんだが、二人は別件で手が離せないようだ。二人とも、案内係を頼めるかな」

「それはもちろん。でも、幽霊って」

「さあなあ。誰にでも死んだ人に会いたいという気持ちがあるということじゃないかな」

「はあ」

 いたずらっ子のような顔で笑う春成に、琴実は曖昧に頷くことしか出来ない。がっくんも、別に本物が出たという話ではないのかと、ほっとしてしまう。

「本物はないでしょ。幽霊だよ」

「解らないじゃん。科学で証明できないってだけだよ。それってイコールいるかもしれないってことでしょ。不在の証明は難しいんだよ」

「ふうん」

 琴実とがっくんが言い合うのを、春成はにこにこと笑って見てしまう。だが、予定外のことが起きてしまったために、法話会の準備が滞っている。

「俺はここの僧たちと手伝って会場の準備に入るから、二人は門のところで案内を頼む。ああ、チラシも持って行ってくれ。通りがかった人に宣伝してくれると嬉しい」

「了解しました」

「はい」

 二人は岩峰寺と書かれた茶色の法被を羽織ると、手にチラシを持って門へと掛けていく。その元気な姿に和んでしまう春成だったが

「さて。あの馬鹿弟子の分も働くかな」

 気合を入れて会場の設営へと向かうのだった。




 祐樹の部屋は二階の東側にあり、フローリングの部屋だった。学習机と本棚、それにベッドがあって手狭な感じがする。しかし、亡くなって二年も経つのに、総てがそのまま残されているのが解った。突然いなくなってしまった部屋の主を、今もこの部屋は待ち続けているかのように、いつでも使える状態にされている。

「子ども部屋というのは片づけ難いものらしいな。願孝寺にも、美希の部屋は残ったままだ。俺は入ったことがないが、恭敬さんはいつか片づけなきゃなあと言いつつも手が付けられないと話していたよ」

 亮翔がしみじみと呟く。死んでしまった人が戻って来ないかと考えてしまう。その気持ちが痛いほど解るためか、その声は重かった。

「全部が思い出ですものね。教科書を見る限り、二年生の時に事故に遭ったようですね」

 千鶴は片づけられないのも当然と頷いて学習机に近づいた。そして、自分が今使っているのと同じ教科書を見つけて、二年生だったのかと切なくなる。

「高校二年か。青春真っただ中だな」

 亮翔は気分を切り替えるようにそう言ったが、スマホが振動して阻まれる。見ると春成からだった。そして、事件が解決するまで戻って来るなと命じられてしまう。

「ふん。あの師匠が犯人じゃないだろうな」

 あまりにタイミングが良すぎて疑ってしまうが、文句を言っても仕方がない。千鶴が呆れたように笑っているのが解り、ごほんっと咳払いをする。

「法話会は師匠に任せきりにしていいらしい。それでも住職がいないというのは困るから、恭行さんに先に戻ってくれと頼んでくるよ」

「解りました。その間に何かヒントになるものがないか、探しておきますね」

「ああ、頼んだ」

 同じ高校生の方が気づけることも多いだろうと、亮翔は千鶴に任せて一階で二人から話を聞いている恭行のもとへと向かった。

 一方、部屋に残された千鶴はぐるりと部屋の中を見渡す。机の上には教科書があったが、他に何かヒントはないだろうか。本棚に近づいてみると、読書が好きだったのか、意外と多くの本が入っている。タイトルからして推理小説だろうか。そして漫画はほとんどなかった。

「私の本棚と大違いだわ」

 漫画や雑誌がメインの自分の本棚を思い出し、千鶴はううっと唸ってしまう。どうやらかなり勉強が出来る子だったらしい。それと同時に気づくのは、運動部ではないだろうということ。スポーツ関連の物はない。

「文芸部だったのかな。それとも帰宅部か」

 ヒントを探そうと本棚にじっと目を凝らす。しかし、部活動を示すようなものは見つからなかった。

「ううん」

 次に教科書を見つけた机に戻ってみる。すでに受験を意識していたのか、赤本が置かれていた。大学は京都にある国立大だ。ううむ。これはますます部活動には入っていなさそう。そしてもう受験勉強を開始していたのだろうということが解る。

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