第48話 息子の幽霊が出た
「本当なんです。息子が帰って来たんですよ」
「はあ。その息子ってあれやろ、ついこの間三回忌が済んだ」
「そうです。祐樹です」
藤田の妻、和葉は力一杯頷いた。それに旦那の祐輔は困り顔、事情を知る恭行も困り顔という状況だ。
場所は岩峰寺からほど近い藤田の家だ。大きな一軒家で、その居間で和葉はやって来た坊主たちに死んだ息子に会ったと力説している。
普段は優しい感じの人なのだろう、その人が力強く幽霊を見たなんていうものだから、祐輔の戸惑いはお寺に駆け込んで来た時と同じくらいに大きなものとなっている。
「ええっと、つまり幽霊が出たってことですか?」
あまりに大人たちが固まっているので、なぜか藤田家にくっついて来ることになった千鶴が口を挟んだ。一人で留守番をしているのも気まずいし、亮翔が来いというから来たわけだが、まさか幽霊騒動が起こっているだなんて。しかし、昼間だからか、幽霊が出たという家の中だが怖さはなかった。
「そうよ。祐樹は丁度、あなたと同い年くらいなの」
「はあ。高校生ですか」
千鶴は頷きつつも、高校生で死んでしまったのかとやるせない気持ちになる。まだまだこれから、やりたいことも一杯あっただろうし、将来のことをあれこれ考えたんだろうなと思う。
「その祐樹君が亡くなった原因は?」
話はまともに出来ると解った亮翔がさらに突っ込んだ質問をした。それに和葉の表情が僅かに曇ったが
「交通事故です。学校からの帰り道、夕方だと油断して無灯火だったトラックに撥ねられて」
と、事情を話してくれた。亡くなったのは二年前の今頃だという。梅雨時で曇りがちだったこと、夕方という時間が重なっての事故だったという。
「それは、お悔やみ申し上げます」
亮翔はすぐに手を合わせる。和葉はそれに型通りに頭を下げたが、すぐに顔を上げた。
「それはとても悲しいことだけど、帰ってきたのよ、さっき。本当なの」
そして再び、祐樹が帰ってきたと主張した。それにどういうことでしょうと、三人は助けを求めるように祐輔を見てしまう。
「それが、今日は家内が法話会に行きたいって言っていたもんで、仕事を昼で切り上げてきたらこれで」
「じゃあ、祐輔さんは幽霊とは会っていないんですね」
「はい。いきなり私に向かって祐樹が帰ってきたなんて言うもんだから、その、ついに気でも触れたかと思いましたよ。事故があって以来、妻は何かと塞ぎがちでして、三回忌を迎えてもぼんやりしていて」
亮翔の確認に頷くと、困ってしまったからすぐに寺に駆け込んだのだという。お坊さん相手に幽霊云々なんて言い張ることはないだろうと思ったが、二人も僧侶がいるというのに、出たと言い張ったので困惑しているという状態だった。
「ええっと、その祐樹君は今どちらに」
再び大人たちが困惑してしまったので、千鶴が質問を挟む。祐樹が帰ってきたというのならば、今はどこに行ったというのか。すると和葉は困ったように頬に手を当てて
「それがね。祐輔さんが帰ってきたのと入れ替わるようにいなくなっちゃったの。お父さんには会いたくなかったのかしら」
そう証言した。ううん、ますます解らなくなってきた。つまり祐輔が帰ってくる前に祐樹が現れ、祐輔が帰ってくると消えてしまったという状況であるらしい。となると、勘違いではないだろうか。
「祐樹君と話しましたか?」
同じことを考えたのだろう、亮翔が再び千鶴の質問を受け継ぐ形で訊ねた。すると和葉は話していないという。
「では」
「ふわっと帰って来て、しばらくいて、いなくなっちゃったのよ。でも、本当に帰ってきたの。ああ、また帰って来てくれるかしら」
「ううん」
これは今すぐ手が打てる状態ではなさそうだ。それが正直なところだ。しかし、このまま幽霊を待つ日々を過ごすようになったらと、誰もが懸念してしまう。特に亮翔は美希のことがあるからだろう。沈痛な面持ちになっていた。
「ええっと、祐樹君のお写真ってありますか?」
再び部屋の空気が重くなったので、千鶴はまず祐樹がどういう人物なのかを調べることにした。
「ええ、そこの仏壇に」
そして和葉はすぐに横の和室にある仏壇を指さす。大きな仏壇の真ん中に、祐輔の遺影が置かれていた。それを見ると、本当に息子は死んでいるのだなと実感してしまい、千鶴も何とも言えない気分になる。が、亮翔のことがあるせいか、このままでは駄目だという使命感に駆られてしまう。
「見せてもらっていいですか」
「どうぞどうぞ。入学式の時の写真なのよ」
和葉に許可をもらって和室に入ると、亮翔もついてきた。そして二人して遺影をのぞき込む。まだ着慣れない高校の制服にはにかんだ笑顔。確かに入学式の写真のようだ。亡くなったのは二年前というから、確実に千鶴より年上だ。
「この姿のままでしたか?」
亮翔が写真を手で示しながら和葉に訊ねる。すると、顔ははっきり見ていないとのことだった。それでも息子が帰ってきたと確信したという。
「ううん。どういうことでしょう」
「まだ何とも言えないな。ただし」
亮翔はそう言うと開きっ放しになっていた窓へと目を向けた。レースのカーテンが揺れる窓の向こう側は庭だ。庭には洗濯物があり、風を受けて揺らいでいる。しかし梅雨のせいで薄曇りの空が広がっている。
「泥棒ですか」
「それはまずない」
「じゃあ」
「勘違いは勘違いだろう。しかし、頭ごなしに否定しても和葉さんは信じない。何か幽霊が出たと感じるものがあったはずだ」
「なるほど」
幽霊を感じたもの。顔もはっきり見ていないのに祐樹だと判断したもの。それを探すしかないというわけか。そしてこれのせいですよと明示してあげることが、今も必死に視線を彷徨わせて祐樹の姿を探している和葉のためになる。
「探しましょう」
「ああ」
千鶴の言葉に頷くと、亮翔はまず祐樹の部屋を見せてもらうことにしたのだった。
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