第47話 長谷川恭行

「恭行さん、今日はよろしくお願いします。うちの師のわがままに付き合わせてしまって」

 亮翔はすぐに挨拶を返し、ぺこりと頭を下げる。それに千鶴もすぐに倣って頭を下げた。

「そちらのお嬢さんは中森さんですね。どうも、長谷川恭行です。お祖父さんには松山に行った時にいつもよくしてもらって、今回もお手数をおかけしてしまいました」

「中森です。いえいえ、祖父は好きであっちこっちに首を突っ込む人ですから。自治会長もいつもノリノリで引き植える人ですし」

「ははっ、想像できます。さあ、どうぞ。あちらにお茶を用意してますから」

「はい」

 祖父がここでも有名だという事実に顔を真っ赤にしてしまった千鶴だが、お茶と聞いて現金にも顔を綻ばせてしまった。いつも亮翔にお茶を淹れてもらっているせいか、お寺に来たら飲むものになってしまっている。

「あの、うちの師匠は?」

 恭行に案内されながら、亮翔は姿が見えない春成はどこに行ったのか訊く。

「ああ。春成さんだったらせっかく今治まで来たからと、今治城を見に行かれましたよ。朝早くに行かれましたから、もうすぐ戻ってくると思うんですけど」

「ああ、そうですか」

「春成さん、お城大好きですもんね」

 別行動していた理由が城巡りと解り、亮翔ががっくりしたように肩を落としている。その様子に、千鶴はまた笑ってしまった。

「そうなんですよ。春成さん、歴史にお詳しいそうで、朝から藤堂高虎の足跡を巡ってくるからと元気いっぱいに仰ってましたね」

 千鶴の言葉に同意した恭行は、あれは相当なマニアですねと苦笑した。それに亮翔はますます肩を落とし、額に手を当てている。

「すみません」

「いえいえ。法話会は午後からですし、座布団を並べるくらいしかやることないですからねえ。あっ、話はここでします」

 本堂横の建物に案内され、その中に入ると十畳ほどの大きな広間があった。集会所の代わりによく使われているのだという。

「お茶はこちらで。お昼も用意していますから、少し待ってください。仕出し弁当ですけど」

「いえいえ」

「お手間を取らせてしまって」

 まさかお昼まで出してもらえるとは思っていなかった千鶴は何でもいいですと言い、亮翔はお気遣いいただきありがとうございますと礼を述べた。案内されたのは広間の横にある、控室のような六畳の部屋で、ちゃぶ台があった。そこに千鶴と亮翔は向かい合って座り、同時にほっと溜め息を吐いていた。

「まさか春成さんがお留守なんて」

 千鶴が思わずそう呟くと、亮翔もまったくだと頷いた。

「四国の知り合いの寺への挨拶のついでに城巡りとは、一体何を考えているんだか。あの人の突飛な行動はたまに訳が分からない」

「まあ、普段は高野山だったら、来た時にって思っちゃいますよ」

「それはそうだが。なぜ法話会の前に」

 亮翔がもう一度溜め息を吐いた時、恭行が色々と苦労してますねえと笑いながらお茶を運んできた。お茶請けとして博愛堂のはっさくわらび餅が添えられていて、千鶴は目を輝かせてしまう。

「美味しそう」

「そうでしょう。さっき一つ食べたら美味しくてびっくりしましたよ。昨日、檀家さんから頂いたもので申し訳ないんですけど」

「いえ、頂きます」

 まさかここでも愛媛名物と出会えるとは思っていなかったので、千鶴はにこにこと食べてしまう。その顔を亮翔が微笑ましげに見ているのに気づき、千鶴はまた顔を赤くする。

「た、食べている顔をじっと見ないでください」

「いいだろ。なんでも美味しそうに食べるんだなと思っただけだ」

「ふん」

「おやおや、二人は仲がいいんですねえ」

 いつものように言い合う二人に恭行がにこにこと笑った。それに、二人きりじゃなかったと、今度は亮翔も顔を赤くしている。

「その、うちの寺でやっている相談室によくこの子が来るんで」

 そして言い訳のように付け足し。それに恭行はますますにこにこと笑い

「それなら、若い子向けの法話は亮翔さんにお任せして大丈夫ですね」

 と、今日の法話会での掴み部分をお願いしようかなと言う。もともとが客寄せとしてチラシを配れという命令だったからか、亮翔は私でよければと頷いた。そしてあれこれと誤魔化すようにお茶を啜る。そんな感じで和やかに過ごしていたのだが

「住職、住職はいますか」

 大声で恭行を呼ぶ声がした。

「ここです。あれは檀家の藤田さんやね。どうしたんだろう」

 恭行は慌てて立ち上がり、やって来た檀家の藤田のもとへと向かう。一体どうしたんだろうと千鶴と亮翔が首を傾げていると、ばたばたと二つの足音がした。そして恭行ともう一人、中年の男性が姿を見せる。

「大変です。ちょっと一緒に来てもらえますか。あっ、こっちは檀家の藤田祐輔さん」

「藤田です。ほんま、大変です」

 藤田はそう言うと、亮翔が新しく淹れて手渡したお茶を一気に飲み干して困ったねえと呟いたのだった。

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