第38話 観光案内の依頼!?

 この間も美希さんが補陀落にいるかもなんて言っていて、可愛いところがあるんだけどなあ。でも、やっぱり腹黒いし、好きにはなれないかも。それが今の千鶴の印象だ。

「そうそう、話題の亮翔さん。亮翔さん、イケメンだろ。俺も会った時はびっくりしたねえ。こんな綺麗な顔の人が坊主になったんかと驚かされたよ。ご近所の評判も上々でね、このあたりは真言宗ばかりだから、うちも亮翔さんにお経を頼みたいわ、なんて話題が出るほどだよ」

「いや、同じ宗派だろうけど、いいわけ? それって。お寺が違うんでしょ」

「別にいいんじゃないか。お坊さん同士も横の繋がりがあるわけだし、赤の他人に頼むわけじゃないさ。人手が足りなかったら借りるみたいなもんだろ」

「へえ」

 確かにお寺同士であれこれ繋がっているらしいことは、望月旅館に行った時に石手寺の駐車場を借りようとしたことから解っている。とはいえ、お経を別のお寺のお坊さんに頼んでいいのかという疑問は残るが、千鶴がツッコミを入れても仕方のない話だ。

「それはいいとして、願孝寺から頼まれたことなんだが、今、願孝寺には高野山からお坊さんのお客が来ていてね。ちょっとこの辺りを案内してほしいと言われたんだよ。でも、俺は仕事があるから千鶴に頼もうかなって」

「えっ、お客さんの案内?」

 しかし、頼まれたことがそれこそ予想外で驚く。それこそ横の繋がりでどうにかならないのか。そう思ってしまったが、雅彦はノンノンと指を横に振る。普段から客商売をしているせいか、この祖父はノリが軽いところがあった。

「そのお坊さん、普通に観光名所に行きたいんだって。お寺の人に頼むとどうしても寺ばっかりで困るって言うんだよ。だから地元の誰かに頼みたいって話だ。どうだ、千鶴。松山城に行く以外は全部任せてくれるらしいぞ。今週一週間はお寺での用事があるから、案内するのは来週だというし、準備はできるだろ」

「いや、そう言われてもねえ。私も詳しくないわよ。というか、松山ってお城以外に見るとこあるっけ」

 千鶴は無茶苦茶言わないでよと顔を顰めるが、地元愛が薄いなあと呆れられてしまう。

「薄くないし。でも、観光って思ってこの町を見たことないわよ。観光するならそれこそ、ちょっと出て道後温泉ってなるし」

「じゃあ、クラスの子を巻き込め。なっ、夕飯はそのお坊さんと千鶴と友達の分を含めて、うちの二種類とも味わえる鯛めし会席を用意するし」

「あっ。じゃあ、考えようかな」

「現金ねえ」

 雅彦のお店で料理が食べられると知って乗り気になる千鶴に、千秋はくすくすと笑ってしまう。

 雅彦の経営するお店は愛媛の郷土料理を中心としたメニューを出していて、その中でも二種類同時に味わえる鯛めし会席は人気だ。ちなみに二種類とは、宇和島地方のお刺身を使ったお茶漬けと、中予の北条地域の土鍋で炊いた炊き込みご飯のことを指す。

「だって、鯛めしってなかなか食べられないでしょ。郷土料理としてテレビで紹介されているけど、地元民からしたら高いし」

「まあねえ」

 そもそも鯛を使っている時点で気楽に食べようと思うものではない。天然の鯛は今や地元でも高価なものだ。千秋は今の時代じゃ郷土料理も値段の張る料理よねと苦笑する。

「ねえ、友達は二人誘いたいんだけど、それでもいい? 亮翔さんと一緒に道後温泉に行った二人なんだけど」

「おおっ、いいぞ。それは丁度いい」

「えっ、丁度いい?」

「いやいや」

 口が滑ったとばかりに首を竦める雅彦に、怪しいと訝しんだ千鶴だったが、テスト明けに気晴らしもかねて行ってこいと言われてしまっては、了解と頷くしかないのだった。




 梅雨入り間近とあって、いま一つすっきりしない曇り空の土曜日。この日、ついに千鶴たちは願孝寺のお客さんであるお坊さんの案内をすることになった。

「どういう人だろう」

 今日は願孝寺関係ということでばっちり可愛らしい女の子姿のがっくんは、どういう人か聞いてるのと首を傾げる。その姿は千鶴が見てもドキッとする可愛いものだった。

「なんでも亮翔さんの師匠に当たる人らしいよ。普段は高野山にいるんだけど、今回は四国のお寺に用事があって松山まで来たらしいわ。で、せっかくだからお寺以外を観光したいんだって」

「へえ。お坊さんも出張した時くらいは観光したいんだ」

「みたいだね」

 詳しいことは依頼された別の日に雅彦から聞き出していた。亮翔の師と知り、一体どんな人だろうと少しだけ楽しみになったのは内緒だ。ともかく、今日は午前中に松山城に出かけ、その後は市内をゆっくり見て回ることになっている。

「あっ、亮翔さんだ」

 願孝寺に着くと、門前で亮翔が待ち構えていた。そしてなぜか溜め息を吐く。

「どうしたんですか? まだ調子が悪いんですか?」

 そんな亮翔に、ちょっとだけむっとしつつも千鶴は訊く。この間から明らかに様子が変だ。そろそろ医者にでも行くべきではないだろうかと思う。

「いや、調子は良くも悪くもない。そうじゃなくて、やっぱり君たちに頼んだんだなって思ってね」

「やっぱり。ということは予測済み」

「ああ。嫌な予感がばっちり当たった」

 やれやれと首を振りつつ、亮翔は中にどうぞと案内してくれた。嫌な予感ってどういうことよと、その点に関して千鶴は腹を立てたが、後ろの二人がくすくすと笑っているので、ぐっと我慢した。舌打ち事件に関して二人はもうよく知っていて、まだ根に持っていると思ったに違いない。

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