第34話 失恋の真相

 千鶴はソファに寝ころびながら行きたくないと、テーブルに置かれたお供え物を睨む。しかも用意したのが祖父の雅彦ならば、どうしてそのまま願孝寺に届けなかったのか。そこも不満だ。

「何よ。一緒に温泉まで行ったんだから、舌打ち事件の真相は解ったんじゃないの」

「解らないわよ。まあ、私が元カノにそっくりで、未練たらたらが原因みたいだけど」

「ふうん。やっぱり女性関係で揉めてお坊さんになったのか。イケメンは大変ねえ」

 千秋は早く持ってってよと言いつつ亮翔に興味津々だ。しかし、その言葉に千鶴は引っ掛かりを覚える。女性関係が原因で坊主になったのは解る。でも、亮翔が未練を持っているのは住職である恭敬の娘の美希だ。もし美希と何かあってお坊さんになったのならば、どうして願孝寺にいるのか。

「ねえ。その願孝寺は元カノの実家なのに、そこのお坊さんになるって、失恋した割には矛盾した行動じゃない?」

 疑問をそのまま口にすると、千秋は目をぱちくりさせた。それは知らなかったらしい。

「あらやだ。そのお坊さんの恋のお相手はあそこのお嬢さんだったの。本当ねえ。不思議な話よね。でも、ほら、あそこのお嬢さんと奥さんはあれだから」

「あれって」

 そういえば、初めて願孝寺に相談に行く時も、千秋は何か言いかけていなかったか。そうだ、恭敬が大変だという話をしていた。いったい何があったのかと千鶴は首を傾げると、覚えてないのかと千秋に驚かれた。

「覚えてないって」

「ああ、でもあれって六年前のことだものね。千鶴は小学生だったわね。じゃあ、覚えてなくて当然よね」

「えっ」

 全く話の展開が見えないと千鶴は首を傾げる。たまに千秋の話は要領を得ないが、今日は一段と意味不明だ。千鶴が説明してよと身体を起こすと、千秋もソファに座った。

「六年前、あそこのお嬢さんと住職の奥さんが乗った飛行機が、太平洋上で行方不明になったの。海外旅行に出かけて、その飛行機に乗ったらしいんだけどね。レーダーから突如消えてしまったのよ。それ以来、あそこは住職の恭敬さんただ一人になってしまってね。そりゃあ事務を手伝ってくれる人や修行に来るお坊様はいらっしゃったけど、寂しい思いをされていたはずよ。だから今回、新しく住み込みでお坊さんがいらっしゃって、その方がイケメンだからって話題になったっていうわけ」

「へえ」

 それで千鶴の耳にもイケメンのお坊さんが来たという話が入ったというわけか。六年間、一人だったところに亮翔を迎え入れた。でも、その人は行方不明の美希と付き合っていた彼氏でって、話がますますややこしくなったぞ。千鶴は頭を抱えてしまう。

「私は美希さんと直接会ったことはないけど、美人だったって話よ。まさかあなたとそっくりに見えるだなんて」

 信じられないわと、母親としてひどい感想を述べてくれる千秋だ。しかし、そうなると恭敬のように驚くのは解るとしてどうして舌打ち。ますます謎だ。千鶴はもやもやしてしまう。

「ほら。行きたくなったでしょ。行ってらっしゃい」

 そんな首を傾げる千鶴に、話しかけるチャンスよと千秋はお供え物を押し付けてくる。まあ、そんな話を聞いてしまっては気になるので行くしかないか。

「解ったわよ、まったく」

 しかし、どうやって話題を切り出せばいいのか。千鶴はお供え物を持って玄関を出たまではいいが、美希のことを亮翔に問い質せるわけないじゃないかと、また頭を抱えてしまうのだった。




 千鶴がお供え物を持たされて家を出た頃、願孝寺では怒鳴り声が響いていた。

「この馬鹿弟子が」

「煩いですね。いきなり来て馬鹿弟子ってなんですか?」

「まあまあ。落ち着いて」

 睨み合うのは細い身体ながらも重々しい空気を纏う僧侶と亮翔だ。それを苦笑しつつ止めるのが恭敬である。場所は本堂。そこで三人は向かい合っていたのだが、話が美希のことに及んで亮翔と睨み合う僧侶が怒鳴るという結果になった。

 この僧侶、亮翔を馬鹿弟子と呼んでいるように師匠である。高野山にある寺院の一つに属する僧で、名を高倉春成たかくらしゅんせいという。年齢は恭敬より僅かに上の六十だ。

「寺に修行に来た頃もうじうじうじうじ考え込んでおったが、まだ囚われたままだったとは。情けない。今すぐ八十八か所巡礼して来い」

「嫌ですよ。その修行で何とかなるような悩みではないです」

「少なくとも美希さんの菩提を弔うことにはなるぞ」

「――」

 黙り込んで明らかにむっとした顔をする亮翔に、春成はああ情けないと、わざとらしく額を叩く。それに亮翔はますますむすっとする。

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