第40話 エロ坊主め

 そんな話をしつつロープウェイ街を抜け、まずは松山城に向かうロープウェイの東雲口駅へと向かった。ちなみに八合目にある長者ヶ平駅までロープウェイかリフトか選べるのだが、春成は着物なのでリフトは難しいだろうと、迷わずロープウェイを選んだ。

「リフトもいいけど、時期によるよねえ。もうそろそろ暑くて嫌かも。虫も気になるし」

 琴実はロープウェイに乗り込んでそんなことを漏らす。千鶴はリフトの解放感が好きだが、琴実はあまり好きではないようだ。これは好みが分かれるところだから仕方がない。

「がっくんは?」

「僕はどっちでもいいかな。リフトはハラハラ感があっていいよね」

「そうよね。ちょっとした刺激なのよ」

「さすが、シースルーゴンドラが好きなだけあるなあ」

 そんな会話を聞いた春成がくくっと笑う。確かにシースルーゴンドラも高所恐怖症の人だったら絶対に乗りたくないものだし、刺激と高い場所が好きと判断されても仕方がない。

「非日常感がありますから」

 千鶴は否定することなく、そう言って肩を竦めるだけにした。

「出発します」

 明治時代の女学生スタイルの駅員さんがドアを閉め、いよいよロープウェイが動き出す。そこから三分。あっという間に八合目に到着だ。

「いよいよ松山城だな。前から来たかったんだ」

 春成は駅に到着すると子どものようにわくわくしていた。お城が好きらしい。その気持ちは千鶴も解る。

「テンション上がりますよねえ」

「歴史云々っていうのもあるけど、やっぱり大きさに圧倒されるし」

 がっくんもお城は好きと笑っている。琴実はというと、駅にあったカプセルトイのマシンに張り付いていた。

「おみくじだって」

「へえ、おもしろそう」

「一緒に入っている願い石は手書きなんだ」

「よし、みんなでやるか」

 三人が興味津々とあり、春成が全員に奢るぞと笑顔で三百円を投入。こうして四人でマシンを回して楽しむ。琴実が大吉を引き当て、さらに大盛り上がりだ。

「さて、いよいよ本番」

「そうだった。ここで盛り上がってる場合じゃない」

 四人は願い石とおみくじをカバンに仕舞い、まずは戸無門へと向かった。ここは昔から本来あるはずの扉がないのだという。

「奇策なんだよ。ここに扉がないことに油断した敵を、上から攻撃するんだ。弓を射たり石を落としたりと、攻撃された敵は大わらわだろうな」

 そう言って春成は横を指さす。お城の横から攻撃かあと三人は石垣の上にある建物を見た。何度か来たことがあるのに、そちらに目を向けたのは初めてだ。

「春成さん、詳しいんですね」

「ははっ、歴史好きなもんでな。大河ドラマは漏れなくチェックするタイプだ」

「へえ」

 そんな話をしながら戸無門を通過すると、次は筒井門だ。ここは門の上から攻撃できるのだが、それだけではない。

「なんと、こっちに別の門がある」

「そうなんですよね。って、これも攻撃のためだったんですか」

「そうだ。後ろから不意打ちするためにある」

「うわあ」

 何度も来たことがあるので別の門があることは知っていたが、勝手口か何かだと思っていた。まさかこれも攻撃用だったとは。千鶴は筒井門からは窺い知ることのできない隠門の本当の意味を知って感心してしまう。

「松山城は難攻不落のお城だからなあ」

 ははっと笑う春成は本当に詳しい。さすがは真っ先に行きたい場所として上がるだけのことはある。

「これじゃあ私たちが観光案内されているわね」

「本当だ。地元の、それも毎日見ているお城なのに知らなかったね」

 琴実とがっくんも感心していて、案内の必要はあるのかなと苦笑してしまう。でも、楽しんでもらえているのならば良かった。

「さあ、天守に行くぞ」

「はい」

 のりのりの春成に引き連れられ、千鶴たちは楽しくお城を見て回るのだった。




「亮翔、少しは落ち着いたらどうだ」

「無理です」

 さて、千鶴たちを見送った願孝寺では、亮翔がイライラと境内を掃除していた。それに気づいて恭敬が注意するも、今日は無理だと一蹴されてしまう。

「あの師匠が何の企みもなしに女子高生に松山観光の案内なんて頼むはずないでしょう」

「まあ、そうだな」

 それは否定できないと恭敬は頷いてしまう。すると亮翔は持っていた竹ぼうきを折りそうなほど握り締める。

「エロ坊主め」

「いや、それは違うだろう」

「あることないこと吹聴しているに決まっている」

「まあ、ああ、うん」

 擁護しきれないと恭敬はますます苦笑してしまう。あの日、しっかり茶室を覗き見した春成は、千鶴と何とか接触したいと考えた。そして自治会長の孫だと解ると雅彦も巻き込み、今日この日のことを画策した。ということは、何か手を打ってくるのは間違いない。

「美希に似ていることも知ってるしなあ」

「なんですって?」

「あっ」

 ついこの間のことをつらつら考えていて、口が滑ってしまった。恭敬は口を手で押さえるも、漏れた言葉は返って来ない。

「なるほど。その話を知ってますますということですか」

「ええ、まあな。それもこれも、お前のことを心配して」

「面白がっているだけですよ」

「ああ、まあ、否定しないが」

 春成がどこか面白がっているのは事実だろう。とはいえ、弟子の亮翔の今後を考えているのも確かだ。すると、亮翔は解っているとばかりにむっとする。その反応に、恭敬は困ったように眉尻を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る