第20話 浴衣でわいわい

「さあ、どうぞ。中森さんと宮脇さんは一番奥のここ、望月の間ね。お坊様と高梨君はその横の十六夜の間、八木先生はその向こう側の下弦の間です」

「へえ。どれも月にちなんだ名前になってるんだ」

「ええ。でも、それはこちら側の列ね。こっちは外に開けていて東側だから月が見やすいの。それに露天風呂が付いているのもこっち側だけだしね。外を存分に楽しんでもらおうというコンセプトなの。望月の間から順に、十六夜・下弦・新月・三日月・上弦・十三夜・満月となっているわ。でも廊下のあちら側、あちら側は中庭に面していることから花の名前になっているの。望月の向かいが桜で、そこから順に藤・卯・葵・桃・萩・菊・梅となっているの」

「なるほど。あちらは漢字一字で表せる花の名前で統一されているんだ」

 八木は感心したように頷く。その反応が意外だった。てっきり数学馬鹿だと思っていたのに、そういうことにすぐ気づくタイプなのか。彼女がいたことといい、八木には驚かされてばかりだ。普段の担任をしている時や授業中からは全然解らない部分がある。

「じゃあ、それぞれ荷物を置いて一服したら温泉街の散策に向かおうか。って、修学旅行じゃないから俺が仕切る必要はないのか」

 そんな八木はいつものように集合を掛けそうになって、違ったと苦笑している。ううん、よく解らない先生だ。

「女子二人が支度を終えたらこっちに来ればいいだろう。というわけで、高梨君、入るか」

「は、はい」

 亮翔がさっさとそう決めて、十六夜の間に入っていく。八木は困ったなという顔をしているが、じゃあと下弦の間に入っていった。

「何だか不思議な感じよね、この面子じゃあ」

「そうね」

 百萌の苦笑に答えると、千鶴たちは中に入った。百萌が一通り説明してくれるという。他の二つの間は女将の薫子がやってくれるという。

「うわあ。綺麗」

「本当。和モダンって感じ」

 客室の中は畳の和が基本の部屋だったが、古めかしい印象はなく、畳そのものが何だかお洒落だ。それに床の間ではなくインテリアの置かれた小さな飾り棚があったり、窓側に置かれている椅子もお洒落なデザインのもので、ところどころ洋が取り入れられていた。さらに奥にベッドがある。布団じゃない。

「気に入って貰えてよかった。お風呂に行く時に使う浴衣はこっち、この押し入れに入っているわ。女の子は可愛いデザインなの」

「うわあ、可愛い。ピンクか黄色か。琴実はどっちがいい?」

「もちろん黄色よ。ううん、出来れば水色がいいかも」

「ああ。それは高梨君に一応はって用意してあるのがその色だわ。交換してもらう?」

「うん。あっ、さくっと電話するね」

 琴実はそう言うと、スマホを取り出してがっくんを呼び出す。そして浴衣を交換してと持ち掛けた。がっくんは黄色でいいよと即答だった。

「やった。じゃあ、浴衣を着て外を散策したいから持って行くね」

「いいよ。僕が行く」

 言いながら歩いていたのか、すぐにがっくんが姿を現した。手には水色の浴衣がある。

「ありがとう。着方、解る?」

「うん。女将さんが教えてくれたから」

「じゃあ、大丈夫ね」

 入り口で浴衣を交換した二人はどこからどう見ても女子同士、友達同士だ。浴衣を交換しつつ、きゃっきゃと盛り上がる姿は教室にいる女子と変わらない。

 でも、それに千鶴はちょっと複雑な気持ちになるが、他人が口出しする問題ではない。あれだけ好きだった二人の関係が変わってしまったけど、それは二人で解決していくしかないのだ。

「高梨君、超可愛いよね。ああ、でも、学校では秘密なんだよねえ。勿体ない」

 百萌もそんな女子二人に見惚れていたようで、溜め息交じりに漏らした。

「それは仕方ないわよ。だって、やっぱり偏見とかあるし、みんながみんな、すんなり受け入れられるとは限らないもの」

 千鶴だって初めは度肝を抜かれたものだ。それも、事情を知らないままに一緒に買い物をしたものだから、びっくりの度合いが違った。ただ単に好きなだけじゃなく、自分の性別は女の子だと思っていただなんて、それはもう言い表しようのない驚きだった。

「ああ。そうよね。特に男子はからかいそうだもんね。高梨君も大変だなあ」

 あっさりと受け入れている百萌は、勿体ないわとしきりに言う。それに苦笑していると琴実が戻ってきた。

「聞いてよ。亮翔さんったら、着くなりお菓子食べてお茶飲んで寝転んじゃったんですって。ピシッとしたお坊さん姿からは想像できないよって言ってたわ」

「マジか。って、あの人はそっちが素でしょ」

「そうそう。お茶を入れなきゃ。それと、お茶菓子をどうぞ。この旅館のお土産コーナーにも売っている、みきゃんフルーツシフォンよ」

「可愛い。やっぱ愛媛のゆるキャラと言えばみきゃんよね」

「ううん。でもバリィさんもいるから」

「そうだ。強敵よね」

 そんな風にきゃあきゃあと楽しんでいると、時間はあっという間に過ぎてしまうのだった。

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