第41話「散華」

”大尉の〔紫電改〕が筒内爆発を起こした時、今まで冷静に指揮を執っていた南部中尉が明らかに動揺を見せた。

 彼もまた、菅野大尉を目標にしていたひとりだったのだから”


グレッグ・ニールの証言より




 2機を立て続けに、だと!?


 グレッグ・ニール中尉は、目の前で繰り広げられた神業・・を、驚愕をもって目撃した。

 これが敵の意表を突いた神業なら、それほど驚きはしなかった。菅野の戦いを見慣れているからだ。

 だが奴はただ操縦・・・・するだけ・・・・でそれを成し得たのだ。正確な操縦技術、高度な判断力と精神力。それらを一体どれほど必要とするだろうか。


 早瀬少尉が南部隼人を慕う理由。それを今はっきりと知る。


 悔しさは感じた。

 なぜあの男がと言った嫉妬ではなく、彼が変人の仮面に仕舞いこんだ鉤爪を見抜けなかった、言わば慙愧の念だった。

 彼は、操縦技術に劣るジャクなわけではない。ただ、裏方に回った方が勝利への近道で犠牲も少なそうだから、そうしただけだったのだ。


(「技術だけを頼みにする天才は、なりふり構わない凡才に負ける」だったな。ならば俺は、「技術だけを頼りにする凡才」じゃないか!)


 そればかりではない。

 上空で味方機を誘導する指揮ぶりは的確そのもの。菅野大尉のように味方を鼓舞する戦い方は出来なくても、戦場を俯瞰する視点は彼よりも上を行くかも知れない。


 これが、クロアを生き残ったベテランパイロット!


『グレッグ機、機動が単調になっている!』

『分かっている!」』


 この男は四方に目が付いているのか!?


 だが、グレッグは動揺するより興奮が勝った。

 面白い! 自分とて独飛の士官パイロットである。驚愕はしたが、闘志が萎えたわけでは無い。

 今この瞬間から、南部隼人を猛追お前も、俺が目指してやるのだすべきその一人だ


 低空に降りてきた敵は、サミュエル少佐の〔ゼロ戦〕に殺到した。与しやすい旧式機と見たのだろう。

 それも驕りから来る判断ミスだ。低速域の旋回戦なら〔コルセア〕よりも〔ゼロ戦〕に軍配が上がる。

 だが、大尉の警告・・・・・通り、サミュエルを追う〔コルセア〕は、空戦フラップを全開にする。失速覚悟の旋回戦を挑んできたのだ。

 結果失速した〔コルセア〕は海面に激突するが、後続の機体が無防備になった〔ゼロ戦〕の背後を取った。


『大尉、救出に向かいます』

『了解。こちらは任せろ!』


 操縦桿を倒して〔紫電改しでんかい〕を、急旋回させる。

 〔疾風はやて〕よりも最高速度で劣るものの、自動空戦フラップを持った〔紫電改〕は旋回性能で一日の長がある。

 〔ゼロ戦〕にぴったりとついた〔コルセア〕の進路上に・・・・、20mm砲を乱射。〔コルセア〕のエンジンカウルが吹き飛び、炎を上げながら墜落。上陸部隊のど真ん中に突っ込んだ。

 機首を引き上げた瞬間、〔紫電改〕は無防備になる。


 だが、それは単機での話だ。


 サミュエルに取りついていた〔コルセア〕がこれ幸いと12.7mm機関銃の猛射で出迎えるが、それはすぐに止んでしまう。

 グレッグ機に続いて急降下した菅野機が猛然と〔コルセア〕に食らいついた。

 体当たりせんばかりに肉薄してくる〔紫電改〕に〔コルセア〕のパイロットはさぞ恐怖しただろう。至近距離からの一撃を受け、〔コルセア〕はバラバラになって落ちてゆく。

 返す刀で隙を突こうとダイブできた次の獲物を翼を翻してオーバーシュートさせ、背後を取って猛追する。


『グレッグ中尉!』

『分かっている!』


 南部中尉からの無線に、怒鳴り返す。今度こそはっきりとした同意を以て。もうグレッグは菅野の真似をする気は無い。

 背後をキープして菅野機が攻撃する隙を塞ぐ。攻撃を試みた〔コルセア〕がグレッグ機に追い散らされる。


 この時、彼らがここまで有利な戦いが出来たのはいくらか要因がある。

 敵の油断から有利な位置で会敵したこと。機体の特性と練度、戦闘が行われた高度。

 これらの要素が、圧倒的な物量差を覆してしまったのだ。


 だが、それは一時的なものだった。

 〔コルセア〕を追尾していた菅野機の主翼が”爆ぜた”。


(筒内爆発!)


 筒内爆発、砲弾が銃身内で炸裂する事故の事である。

 この時の菅野は、習熟中の新型機銃が機体を限界ぎりぎり、いや限界を超えた機動をする菅野の操縦に耐え切れず、動作不良を起こしたのだった。

 後にこの不具合は解消されるが、だからと言って今この瞬間大穴が空いた主翼が元に戻るわけでは無い。


『大尉! 今助けに……!』

『要らん! 各機、戦闘に集中しろ!』


 彼ならそう言うだろうとは思った。この戦いはただの空戦では無い。大勢の命がかかっているのだ。

 だからと言って承服できるはずがない。


『グレッグ中尉! 大尉を守り抜いてくれ!』


 指示を出す南部中尉の声にも焦りが見える。


『要らんと言った! 南部! 貴様の時・・・・とは違う! 俺を信じろ!』


 ほんの一瞬だけ、南部中尉からの交信が途絶えた。


『……各機。敵を墜とすより引き付ける事を優先しろ。離脱までの時間を稼ぐ』


 それは、消極的な救出策でしかなった。

 だがグレッグを含め、それに抗議できる者はいない。


『そうだ。それでいい』


 満足げに返す大尉の声は晴れやかで、それがますます焦りを誘った。

 実際のところ選択肢などない。

 主翼が傷ついてろくに機動できない戦闘機を、いくら守っても二次遭難だ。


 彼らは、戦車隊が攻撃を終えるまでこの場に留まって戦わなければならない。

 グレッグは苦渋の決断に歯ぎしりしながらも、それを下した南部中尉に感謝すらしていた。自分では、ここまで即座に決断を下せただろうか。

 グレッグ・ニールは、その一点において南部隼人に敗北感を味わった。


 数分後に戦場から撃ち上げられた信号弾を確認し、戦闘機隊は離脱する。

 同時刻、固唾をのんで戦闘を見守る連絡役の伝令兵が、白い筋を吐きながら水面に消えてゆく味方機を確認していた。

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