第43話「決意と決断」
”敵部隊の頭に爆炎が降り注いだ時、そりゃあもう気持ち良いったらなかったさ。
実際はほとんど命中しなかったそうだけど、それでも随分勇気づけられたね”
クーリル防衛に参加した工兵のインタビューより
11日深夜。
守備隊が絶望的な抗戦を行っている頃、ラナダ共和国リントン基地所属の
〔
クーリル守備隊が未だ戦闘を継続中と知り、救出を決断した最高司令部は夜間爆撃を命じたのだ。これから始まる反撃の尖兵として。
〔彩雲〕はターボチャージャー付きの〔誉〕エンジンによって条約軍、いやライズでもトップクラスの高速を誇る。
〔モスキート〕も爆撃機としては規格外に優速で、機体が木製だからレーダーに発見されにくい。
爆弾を積んだ〔モスキート〕は航続距離が足りなかったため、例によって飛空艇からの空中発艦になった。そのせいで4機と言う僅少の戦力になったが、「まずは、基地の守備隊に自分たちが見捨てられていない事を示す必要がある」と言う理由から、強襲が決定した。
低空で侵入した〔モスキート〕は、爆弾をばらまきながらフライパスし、巨大な火柱を巻き起こした。
実際のところ夜間爆撃の御多分に漏れず、命中弾はほとんどなかった。つまりコケ脅しの攻撃になったのだが、その効果は大きかった。
第1に、敵の士気を下げた事。夜間はゆっくりと休めると思っていた攻め手の将兵たちは、貴重な休息の時間を奪われた。
第2に、守り手である守備隊の兵士たちを大いに元気づけた事だ。
この時、物量に任せて平押ししてくるガミノ軍を前に、友軍の損害は深刻だった。既に4両あった新型戦車は2両に減じ、兵員も3割を喪失していた。
ガミノ側も、それをはるかに上回る損害を出していたのだが、それを前線の兵達が俯瞰して見られるわけもない。彼らは虚ろな目で疲労の極地に居ながら、機械的に戦い続けていた。
そんな中、敵陣の頭上で起こった爆発は、彼らにとって福音だったのだ。
第3に、夜が明けてからも空襲を警戒する必要が出てしまった事。爆撃機への警戒に貴重な〔コルセア〕が拘束されてしまい、対地攻撃が疎かになった。
そして第4に、爆撃成功の報告を受けた南部隼人とグレッグ・ニール両中尉が、一連の問題を解決する方法を打ち出した事である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Starring:南部隼人
「まず、『ダイブブレーキのない戦闘機が急降下攻撃を行えない』と言う固定観念を捨てるべきでした」
南部隼人は、期待の目で見守る戦友たちを見回す。
ダイブブレーキとは、急降下4爆撃を行うための装備だ。逆落としのダイブから爆撃を行って安全性と命中率を上げる急降下爆撃機だが、爆弾を落とした後急制動をかけないと地面に激突してしまう。対策として強力なブレーキを装備しているのだが、戦闘機にはそれが無い。
「だが、リィルの氷魔法で拳大の氷をまき散らすなら、別に重い爆弾を抱える必要は何処にもない。ただ戦場の上空にたどり着けばいいんだ。つまり……」
隼人が下した判断はシンプルだった。
敵機が待ち構えているなら、そのはるか上方から攻撃をかければいい。
その後に敵編隊を引っ掻き回し、混乱に乗じて離脱を行う。今度こそ寒中水泳は逃れられない可能性が高いが。
「高度1万メートルから急降下をかける」
グレッグが隼人の言葉を引き継いで、作戦の骨子を説明する。
皆息をのむが、確かに理にかなってはいる。
艦隊の直掩は、爆撃若しくは魚雷攻撃を警戒して中低高度で行うものだ。
そもそも、高度1万となると、凍死の可能性すら出てくる領域である。それだけに裏をかけるかもしれない。
「待ってください! そんな高度にリィルを連れて行くんですか!?」
早瀬沙織の抗議には頷いて返すしかない。
もう、これ以上の作戦は思いつかないのだ。
「お嬢様。どうされます?」
流れを遮って、ミズキ・ヴァンスタインが問う。
だが、彼女は既に答えを知っているのではないか。そう思えた。
そしてリィル・ガミノは即答した。
「やります! それで皆が助かるなら、何でもやります!」
隼人は手を叩く。
「よし、決まりだ! リィルは沙織の〔
「はいっ!」
戦闘機の胴体には、整備用のハッチが付いている。
ここに人を入れて運ぶ事も可能なのだが、人が乗るようには出来ていない。乗り心地は最悪だ。そして機体に人など押し込んだら、重量増化で飛行性能は低下するだろう。そこは周りでフォローするしかない。
その上で空戦などしようものなら、シェイカーの中に入った氷と同じようにめちゃくちゃに振り回される。
そんな説明を受けても、リィルの決意は揺るがない。
ならば、この問題はいったん解決だ。
それでも全てでは無い。隼人は残った懸念事項を俎上に上げる。
「問題は、少佐の〔ゼロ戦〕にターボチャージャーが付いてない事ですね。何か対策はありますか?」
サミュエルの液冷型〔ゼロ戦〕は、従来の空冷エンジン搭載型より高高度性能が向上している。だが型式の古いスーパーチャージャーを搭載しているので、最新型のターボチャージャーと比べ激しく性能が劣った。結局上昇する隼人らの新型機をふらふらと追いかける事になる。これでは呼吸を合わせて連携することなどできない。
だが、整備科のムナカタ中尉は、しばし思案した後「問題ない」と断言した。
「リィル嬢の持ってきた
「なるほど、過給機と緊急出力の折衷みたいな装置か! どのくらいでできます?」
「一晩で仕上げよう。ただし……」
「かまわんよ」
中尉の警告を遮ったのはサミュエル・ジード少佐だ。
こんな方法が多用出来るなら、皆がやっている。無理なブーストで、エンジンへの負荷は免れないだろう。生き延びたとしても、エンジンは二度と使用はできまい。
それどころか、空中でオーバーヒートを起こす危険性さえある。
「早期に決着を付ければよいのだろう。問題ないよ」
危険な道具を使わせる事に、技術屋の信念に反したのか。中尉は無念そうに頭を振って、それ以上何も言わなかった。
「あの、私からも……」
沙織が遠慮がちに手を挙げる。
リィルを連れてゆく事を、そして人殺しをさせる事に納得が言っていない様子だ。それしかないと分かっているとは言え……。
「リィルを高空に連れてゆくと低体温症や気絶の危険があります。〔疾風〕の胴体を補強して、私の風魔法で圧をかければ1気圧を維持できるかもしれません」
この提案には、リィル本人が難色を示した。
彼女も魔法使いだ。沙織の提案が危険なものであると直感的に気付いたのだろう。
「沙織は離着陸に魔力を使うんですよ? その上与圧まで行ったら、魔力欠乏起こします! 最悪空中で気絶する可能性だって……!」
当然空中で気絶などすれば、待っているのは海面への激突である。だが、沙織は静かに首を振った。
「死にませんし、死なせません。突入前にリィルが意識を失えば、作戦自体が意味を失います。ここが賭け時ですよ」
隼人は2人の顔を順番に眺めリィルに問いかける。
「……聞いておきたい。決断を下すのは俺、責任を負うのも俺だ。その上で尋ねる。お前はどうしたら良いと思う?」
「私は……」
リィルは何かを言おうとして言葉に詰まり、黙り込む。
それでも彼女は逃げなかった。数秒の逡巡の後、はっきりと口にした。
「……沙織、頼みます」
「任せてください。それより、リィルも良いんですね? これからあなたがする事は、あなたが忌み嫌う”人殺し”ですよ?」
彼女の言葉はリィルの覚悟を問うためか、思いとどまらせたい無意識の表れか。
だがリィルは、今度こそ躊躇わなかった。
「私は、聖女なんかじゃありません。聖女を演じているだけの偽善者です。平和を望むと言いながら、実はただ自分が好きな人たちに不幸になって欲しくないだけ。それだけの為に演じているんです」
今までの自分を否定する発言に、思い沈黙が流れる。
彼女が語ろうとしている決意は、壮絶なものだと予想できたからだ。
「でも、この偽善だけは手放したくないんです。自分だけ助かって、沙織やサミュエル機長、島の皆さんが犠牲になるなんて嫌なんです。だから父やエーナに、皆さんに軽蔑されたとしても、私は手を汚して皆を守ります」
堰を切ったように内面を吐露するリィルに、隼人は「負けたよ」と苦笑と諦観、そして敬意のこもった言葉を吐いた。
「それを言われたらもう受け入れるしかないんだよなぁ。俺が敵を墜とす理由と同じだから」
「えっ!?」
「言い出しっぺなんだから、最期までやり切ってもらうぞ、
驚きに大きな目を見開くリィルに構わず、隼人は宣言する。
「早瀬少尉の案を採用する」
やると決めたらすぐに動き出すのが、南部隼人の真骨頂である。
皆に手早く指示を出してゆく。
「整備班はマジックアイテムの製作と、機体の改造を。手の空いた者はリィルの体を機内に固定する方法を考えて欲しい。グレッグ中尉はミズキと組んでくれ。サミュエル少佐は引き続きリーム機の護衛をお願いします」
一同は順番に頷き賛同する。
もはや異を唱える余地など無い。
「中尉、基地からの無電です。戦場上空の機影はかなり数を減らしているようです」
「よし、良いぞ!」
隼人がパンと、拳で手のひらを叩く。
「今朝の戦闘が効いてるんだろう。損傷した機体も海中投棄したのかも知れない。中型空母は着艦が難しいんだ」
やはり、沈んでいるより話している時の方が調子がいい。
自分でもそう思う。
「アレクセイ、感謝する」
小さく呟いて、隼人は一同を見回す。
「全員、休息を。戦闘食しかないのが残念だが、今日は食って英気を養おう」
これからの戦いに備え、戦士たちは散ってゆく。
「酒が無いのが残念だな」
軽口を叩くグレッグに、サミュエルがにやりと笑い懐からスキットルボトルを取り出す。
「回し飲みになるが、まあいいでしょう」
蓋を開けて一口やってから、グレッグに差し出した。彼も破顔して、受け取ったボトルを口に当てる。
「こりゃうまいウィスキーです!」
「そうだろう? 欧州大戦の終結後に地球土産として買ってきたものだが、こんな時に飲めるのなら奮発した甲斐があったと言うものだ」
2人の周りにはわいわいと人が集まってきて、結局酒は一口ずつしか飲めなかったが、彼らはそれで満足だった。
「お嬢様はよろしいので? お酒、お好きでしょう?」
「意地悪言わないでください! もうこりごりですから!」
「呑んべえは皆そう言うのです」
ミズキに弄られているリィルだが、どこか信頼関係のようなものを感じられるようになった。
そうだな。悲観してもしょうがない。
きっと、上手くいく。
最後の戦いが始まろうとしていた。
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