第44話「誓約」

”別に弟子である事には不満はありませんでした。

でも、隼人さんとは対等になりたかったんです”


早瀬沙織のインタビューより




師匠せんせいは、飲まないんですか?」


 海岸を眺めながら戦闘食をぱくついている師匠を見つけて、声をかけた。

 ライズの主食はトウモロコシだが、航空兵用の戦闘食はそれをパンにしてウシクジラの照り焼きを挟んだものがメジャーだ。

 ミネラルの補給を兼ねているので味が濃いが、食感が肉肉しいので地球からの義勇兵にも人気だった。


 ウシクジラはライズに生息するマグロサイズのクジラだ。赤身が中心で淡白な味だが、その分様々な料理に向いている。地球のクジラほど巨大では無いので養殖も可能。ライズ人のソウルフードだ。


「良いんだよ。俺は誰かと酒を飲むのは好きだけど、酒自体にはそんな執着は無いからな。俺が飲んだら誰かの取り分が減るだろ?」

「……いつも通りの師匠で良かったです」


 相変わらずのお人好しな物言いに、沙織はふと心中を漏らした。

 人懐っこくて陽気な師だが、思い詰めると袋小路に入ってしまう気質だと最近気づいた。そして、そうなった時でも誰かの助けがあれば脱出に時間を要しない事も。


「それより、リィルはどうだ? ミズキの奴はこう言うところ不器用だから、お前がフォローしてやってくれ」

「”ミズキの奴”ですか……」


 半眼で問い返すが、師匠は自分が何故問いつめられているのか分からない様子。沙織は「まあいいです」と大げさにため息を吐いて見せた。


「私にも尋ねられましたよ? 『戦う理由は何ですか?』って」

「そう言えば、聞いてなかったな。お前が戦う動機」

「簡単ですよ? 師匠やリィルみたいに立派なものじゃなくて、守りたい家族と、支えたい人がいるからです」


 ここまで言われて、流石の師匠も沙織が支えたいのが誰なのか気付いた様子。その裏にある感情までは気づかなかったようだけれども。


「ありがとな。失望されないように気を付けないとな」

「私が師匠に失望するのはよっぽどのことですよ? あと、この数日で、支えたい人は2人になりました」


 師匠はと微笑んで、と尋ねた。


「……そうか。リィルにはちゃんと伝えてやったか?」


 沙織は首肯して、しばし沈黙が訪れる。

 それは、決して嫌なものではなかった。


「さっきは悪かった。無駄に感情的になったな」


 作戦中止を主張した件を言っていると思い当たり、師匠が本気でへこんでいる事に気付く。


「それこそ良いんですよ。それが師匠が優しいって事ですから」


 笑いかけた理由は、立ち直ってくれた事。そして弱みを見せてくれた嬉しさが少しだけ。

 師匠は曖昧に笑って流したが、お世辞を言ったつもりはない。


「実はさ、お前に教えられる事なんてそうそうないんだぜ? マインドセットも出来てるし、技術も俺より上。あとは基礎を積み上げていけば俺なんか超えられる」

「そんな事言わないでくださいっ!」


 声を荒げてしまう沙織だったが、師匠は別に敗北宣言をしたつもりは無かったようだ。苦笑して付け加えた。


「まあ、お前が俺を超えても、戦えば俺が勝つがな」


 弟子だから分かる。彼は本気で言っている。挑むような瞳がそれを証明していた。

 南部隼人は謙虚さこそ持ちあわせてはいるが、それ以上に負けず嫌いなのだ。

 だから、少しだけ安心感を抱きもし、自分が師匠の脅威たりうると知り、嬉しくもある。


「……あちら・・・の大尉は、やはり筒内とうない爆発で?」


 隼人は暫し沈黙し、首肯した。


「部下の救援を拒んでの戦死だったと聞いた。終戦の2週間前だった」

「……そうですか」

「墜ちた理由が同じだったのは効いたな。俺がどんなにもがいても。結局は人間一人救えないのかって」

「そんな事ありませんっ!」


 思わず立ち上がりかけた時、師匠が小さく悲鳴を上げた。振り返った先の下手人は師匠の背中を踏みつけ、不愉快そうに被害者を見下ろしていた。


「あら、虫でも踏みつぶしたかしら?」

「ひでえ!」


 背中をさする師匠に、リーム・ガトロンは鼻を鳴らした。

 毎度毎度、突然現れては言いたい事を言ってゆく人だ。


「……唐突だけど。”あいつ”の件は、もう許してあげる事にしたから」

「えっ、どういう事だ!?」


 突然の物言いに、師匠は沙織と顔を見合わせる。

 あれだけ拘っていたのに、何があったのだろう。


「鳥頭さんに教えてあげるわ。さっき私の意見も聞かず、勝手に身代わりになろうなんて選択をされたのがクソムカついたからよ! ああ、じんましんが出るわ!」


 大げさに体をかく真似をする。

 その気遣いが嬉しくて、ちょっと涙ぐんだ。


「じゃあ、それだけだから」


 しかし彼女が立ち去る事は無かった。

 そして何かに慌てたように振り返る。


「ふむ、バランタインですか。いい趣味ですね。私は一度30年物を飲んだことがありますが、あれは記憶が飛ぶほどの味でした」

「ちょ、ちょっと返しなさいよ!」


 ミズキ・ヴァンスタインがボトルの蓋を開けてくんくん匂いを嗅いでいた。リームが後ろ手に持っていたものを取り上げたようだ。


「これをどなたと飲むおつもりだったか伺えたら、お返しするのもやぶさかではありません」

「だっ、誰でもいいでしょう!?」

「……お前ら、本当にフリーダムだな」


 ミズキは苦笑する師匠に向き直り、ぺこりと一礼した。


「私も中尉の選択は正しいと思います。と言うか、あそこでお嬢様の心より目先の命を優先していたら、生皮剥いで塩水に漬けました」

「こえーよ!」


 沙織は頬を膨らませ、すぐにしょうがないかと肩をすくめて見せた。

 まったく、これだからうちの師匠は。


「俺は、またやらかすところだった。多分これからも間違いを犯し続けるだろう。でもその決断は、皆助かる第3の選択肢を必死で考えた後じゃなきゃ嘘だよな。皆のおかげでそれに気付けたよ」


 沙織は笑ってしまう。

 またやらかすなんて言うが、師匠にとってそんな事は当たり前だ。今回はちょっとだけ・・・・・・慌てていたに過ぎないのだ。


「師匠なら、私たちが何か言わなくても結局はそうされていたと思いますよ」

「ふん、次やらかしたら、殺すわよ」


 相変わらずリームは憎まれ口を叩いてくるが、隼人をディスるには毒が足りない。話の流れが照れくさいようだ。


「……貧弱な語彙ですね」

「うっさい! だいたいあんた、聖女ほっぽって何でここに来たわけ?」

「バランタインを飲みに」

「あげないわよっ!」


 漫才師のようなやり取りに、沙織はついに吹き出してしまう。

 釣られて師匠も笑いだし、ふてくされた顔のリームも苦笑を浮かべた。

 ミズキは笑わないようでいて。口元が緩んでいる。


「生き残らないとな。全員連れ帰るなんて綺麗事は言わないけれど、そのための努力は惜しまないよ」

「……それは、いつも通りにやると言う事では?」


 ミズキの突っ込みは的確だったと沙織は思う。

 師匠はハトが豆鉄砲を食らったような顔をして、やがてそれは照れ笑いに変わった。

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