◆last day

第45話「再びの戦場へ」【挿絵】

”高度1万メートルと言うのは、飛行機乗りにとって異世界みたいなものです。今のような与圧キャビンが当たり前でない時代は特にそうでした。

あんなところにリィルを連れて行ったのは、我ながら無謀と言うかなんと言うか”


南部隼人のインタビューより




Starring:南部隼人


3月13日


 南部隼人の前世では、日本戦闘機は高度1万メートルから爆撃にやってくる 〔B-29〕びー・にじゅうくに手を焼かされた。

 パイロットの腕が悪かったのではない。「過給機かきゅうき」と呼ばれるエンジンを強化する機器が貧弱だったからだ。こちらの日本戦闘機は列強に先んじた二段式のハイブリッド過給機を装備し、一気に高高度まで駆け上がる事が出来る。現在これに勝る装備を持っているのは、ゾンム帝国だけだ。


 だが性能と快適さは別の問題。


 空気の薄い高空では、全てが凍える凛冽りんれつの世界。

 高度1万でうっかりまき散らした水がキャノピーに貼りついて霜を作り、高度を落としたら溶けだして事なきを得たと言う逸話がある。

 リィル・ガミノには沙織の魔法で気圧を上げてもらう手で落ち着いた。パイロットたちは電熱服など用意できないから、結局そのままの飛行服で行くしかない。


 それでも、太陽の光がうろこ雲に反射して、世界を照らす。

 南部隼人は一瞬だけ、戦争をしている事を忘れた。


『リィルは大丈夫か?』


 これから始まる血戦けっせんに意識を戻し、隼人は状況を確認する。


『震えています。一刻も早く突入をお願いします』


 早瀬沙織が答える。今突っ込めば、編隊を整えず五月雨式に襲い掛かる事になる。だが隼人は時間をかけるべきではないと判断した。


『了解だ。一番槍は任せたぞ』


 目の前の〔疾風はやて〕が急降下を始め、隼人も操縦桿をゆっくりと倒してゆく。


 世界が、反転した。


 高度8千メートル、6千メートル、4千メートル!

 沙織機が数十機の〔コルセア〕と凄まじい速度ですれ違う。


『今だ!』


 隼人の掛け声とともに、フラップを全開にした〔疾風〕が機首を上げ、そして無数の氷片をばらまいた。上空から放たれた拳大の氷は、人体を貫通する程度の威力は十分にある。

 鉄兜に命中しても、衝撃で気絶させることは出来るのだ。そして倒れた背中を次の氷片が襲った。

 この2日で真綿のごとくの血を吸った海岸は、更なる生贄を得て赤く染まった。


 後に続く5機の戦闘機は、めいめい待ち伏せる〔コルセア〕に狙いをつけて、上方からの一撃を繰り出す。

 何とこの時は全員の攻撃が命中し、5機の〔コルセア〕を撃墜若しくは撃破した。


 ガミノ軍はこちらの攻撃を警戒して上空に戦闘機を配置していたようだが、更なる高空から逆落さかおとしの攻撃を受けては無意味だ。

 これが開けた空で制空権の奪い合いならここまで上手くはいかず、状況によっては〔コルセア〕の高速に翻弄されたかもしれないが。


 リーム・ガトロンの〔Fw-190〕フォッケが地上に設置された野砲に機銃掃射を浴びせてゆく。

 反転して上昇するリーム機を、2機の〔ワイルドキャットFM-2〕、通称「えふえむ・つー」が追う。


(護衛空母の搭載機を投入したな!)


 〔FM-2〕は小型空母でも運用できる旧式戦闘機〔ワイルドキャット〕を軽量化、出力強化した軽戦闘機だ。

 スペックこそ日本の新鋭機には敵わないが、低空域で性能を発揮する仕様だ。この状況では〔コルセア〕よりも脅威かも知れない。

 恐らく後方の輸送船を護衛していた簡易護衛空母から引き抜いてきたのだろう。

 だが、それは激戦で〔コルセア〕の数が不足している事を意味する。増援が脅威となりうるかどうかは、隼人達の立ち回り次第だろう。


『リーム、後方、来るぞ!』

『問題ないわ!』


 上昇機動に入った時、突然エンジンが悲鳴を上げ、煙を吹く。


『くそったれ!』


 彼女の悪態が、状況の悪さを物語っていた。

 やはり習熟中の〔ほまれ〕を即席整備で連続運転、しかも高度1万まで持って行くと言う酷使がまずかったのか。あるいは正規の部品以外でメンテナンスを行ったのが問題だったのか。

 原因は分からなかったが、絶望的な状況なのは分かった。


『サンドイッチにされてたまるかってのよ!』


 2機の〔FM-2〕に囲まれた〔Fw-190〕は、辛うじて高度を維持しながらシザーズ機動を繰り返す。

 サミュエル・ジードの〔ゼロ戦〕がリーム機に取りついた〔FM-2〕を追うが、単機での深追いは編隊空戦サッチウィーブの餌食だ。


 そして、敵の数は次々増えてゆく。


『グレッグ! そっちで何とかならないか!?』

『すまん! こっちは……』


 グレッグ・ニール機からの通信は、ガリガリと言う機関銃の命中音でかき消された。


『グレッグ!?』

『大丈夫、防弾板が守ってくれた。だがミズキ中尉が敵に囲まれてる!』


 こちらもか!


『ミズキ機です。こちらは何とかします。リーム中尉を救いに行ってください』

『来るんじゃないわよ! 沙織機の爆撃が終わらないまま撃墜されてみなさい! 私たちは皆犬死よ!』


 隼人は唇を噛む。


『こちら早瀬機! あと少し! もう少しだけ待ってください!』


 一瞬、菅野の顔が浮かんだ。

 彼なら、どうする? 真っ先に駆け付けるだろう。

 自分もそうするか? 駄目だ。自分には菅野のような天性の勘はない。


 またか? またなのか!?


『その決断は、皆助かる第3の選択肢を必死で考えた後じゃなきゃ嘘だよな』


 昨日自分で嘯いた言葉が頭をよぎる。

 そうだ、考えろ! 絶望はその後で良い!


(……!!)


 ふと、ひとつの戦術が頭をよぎる。

 故障した〔Fw-190〕であれが出来るかは分からない。だが、諦めるより低い確率でも可能性に賭けよう。それを学んだのだ。

 迷うことなく叫ぶ。


『リーム! 少佐! 海面すれすれで蛇行しろ!』


 その一言で、2人はこちらの意図を察したようだ。〔Fw-190〕と〔ゼロ戦〕はただちに低空飛行に入る。

 それを追う〔コルセア〕と〔FM-2〕は後方に陣取ろうとするが、海面に激突するのが怖くて上手く照準がつけられない。

 上方からの攻撃も、機首を下に向けないと狙えない為、やはり海面がネックになる。

 2機を追い回していた敵戦闘機の攻撃が弱まる。


『流石だな中尉!』

『やればできるじゃないの!』


 通信機にがなりたてる様なぞんざいな賞賛が流れてくる。とはいえ、この状況で戦いながらやり取りできるのはベテランが故だろう。


『そりゃどうも!』


 と投げやりに返答して、これからの事を考える。

 攻撃を終えても、この状態の〔Fw-190〕を連れ帰れるだろうか? しかも、これだけの敵を突破してだ。

 そして凶報は続く。


『グレッグ機、ミズキ中尉をフォローしきれない! 応援を!』

『こちらミズキ機。私のことはかまわず、攻撃の続行を』


 だが昨日の乱戦を生き残ったとはいえ、ミズキは生粋のパイロットでは無い。

 雲霞の如き敵戦闘機を捌き切れず、1機の〔FM-2〕が射点に付くことを許してしまう。


『中尉!』


 グレッグが叫び、曳光弾が輝いく。

 次の瞬間、キャノピーを撃ち抜かれて落ちてゆく”〔FM-2〕”が見えた。


『がははは! 菅野一番、只今戦列復帰だ!』


 戦場に駆け付けたのは2機・・の〔96式艦上戦闘機きゅーろくかんせん〕。エンジンを液冷に強化した四四型(よんよんがた)である。基地に残してきた予備機だった。


 再び戦場に現れた空の破壊者デストロイヤーは、ダウンバーストのように荒れ狂った。


※〔96艦戦〕の画像はこちら

https://kakuyomu.jp/users/hagiwara-royal/news/16817139556317134004

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