第33話「急報、その時後方では」

第33話「急報、その時後方では」

”潜水艦で封鎖? 私なら血を流してまでそんな色気を出すより、空母2隻を確実に取りに行く方法を考えるわね”


クーリル諸島の危機を知った、クロア陸軍ヴェロニカ・フォン・タンネンベルク大佐のコメント




 クーリルでの決戦が始まろうとしていた時、後方の人々もまた戦いを始めていた。条約軍最高司令部は、救出派と封鎖派の真っ二つに割れる。


 封鎖派は、クーリルへ向かえる艦隊が分散されている事を問題視した。

 失陥前にたどり着くには、救出艦隊をバラバラに差し向けるしかなく、各個撃破の危険性がある。それならば2,000人程度・・の犠牲は敢えて許容する。その上で占領されたクーリル諸島を潜水艦で封鎖、救出に来た艦隊を有利な状況で叩くべきだと主張した。


 一方救出派は国民を犠牲にして戦果を挙げても、「条約軍が自国民を見捨てた」と言う敵の宣伝工作プロパガンダによって、より大きなダメージを被ると主張する。


 どちらも間違った意見でないだけに、会議は紛糾した。


 一時は封鎖派が優勢になる。確かに純軍事的に見ればこちらの方が妥当とも言えた。


 沈められるか分からない空母2隻よりも、不利な状況でクーリル救出に訪れるガミノ艦隊を確実に叩いた方が算盤はあう。

 ただし彼らは、支持する作戦が「敵がこちらの思うとおりに動いてくれる事が前提である」と言う点において、アンドレイ・ナイフの眷属けんぞくであったとも言える。




 程なく「救出すべし」の声が各地で起こり始める。


 独飛司令官は秘蔵っ子である菅野の危機に、ラナダ派遣軍司令相手に猛然と援軍の必要性を説く。即答を得られないと知ると「俺の菅野を助けに行く!」と叫び〔紫電改しでんかい〕に飛び乗ろうとした。当然参謀たちに取り押さえられたが。


 後に的外れな作戦が多いと批判の対象にされる彼だが、部下に対する愛情は本物だった。


「離せ! 離さんか! クーリルへ送った連中はただのパイロットでは無い! 明日の空を担う人材だ! 下らない理由でむざむざ殺すなど許されん!」




 賢竜会議けんりゅうかいぎは「南部隼人は今後の戦訓収集に必要である」と言う救出派と「既に彼の知識は吸い出した。特別扱いすべきではない」と言う不介入派にやはり分かれた。


 不介入派は「過度な干渉を避け、最高司令部の決断に委ねるべき」と言うもので、最高司令部の封鎖派よりも現実が見えていた。賢竜会議が過度に口を挟むことで、条約軍のガバナンスが機能不全を起こすことを恐れたのである。


 だが、隼人の先輩にして彼との連絡役であるエルヴィラ・メレフ大尉は、二転三転する会議に割り込み、彼がいかに必要な人材かを説いた。


「南部隼人が条約軍にもたらした技術革新や戦術が、ただ前世の書籍から丸写しにしたものとお思いですか? こうも早く我々の改革が実現したのは、彼が自分の知識を咀嚼し、適切な形で我々に伝えてくれたからです。彼がただ知識を持っただけの凡夫であるなら、誰が敵の転生者の存在を突き止め、イリッシュの戦いで司令部の壊滅を防いだと言うのですか?」




 日本海軍・・海上護衛総隊かいじょうごえいそうたいの牟田口廉也中将は、兵站を無視したガミノ軍の動きに「何処の国にも昔の・・俺みたいなやつが居るものだ」と嘆息したと言う。

 そして、ただちに最高司令部に救出部隊の編成を具申した。


「我々軍人は何のために存在するか!? 民草を守る為である! より大きな戦果が望めるからといって、自らの存在意義を冒すような愚行は厳に慎むべきである!」




 クロア公国大公カタリーナ・クロアも、救出派に賛同する。

 彼女は少尉時代の南部隼人と繋がりがある。意地の悪い貴族にその事を突かれた際、平然と言い放った。


「私も為政者です。私益と公益が相反するなら、公益を選ぶ必要もあるでしょう。しかし、私益と公益を両立できるなら、胸を張って私益を追求します。思い出してください。もし、私たちが国民の命より目先の戦果や身の安全を優先していたら、今頃クロアは連盟軍の手に落ちていたでしょう」




 ひとつひとつは決定的なものでは無かったが、それは大きな流れになってゆく。

 賢竜会議の飯村穣中将の発言で、状況は決定的となった。


「宣伝工作によって条約国国民の支持に楔を打ち込まれる。そのリスクは一個艦隊を失うより痛手だ。救出するにしても見捨てるにしても、我々は血を為して民間人を守ると示さなければならない。それならば、救出に動くべきではないだろうか? もしそれが失敗したら、その時こそ封鎖に切り替えれば良いのです」




 決断は下された。

 分散して任務についていた中型空母〔隼鷹じゅんよう〕〔飛鷹ひよう〕を擁するカーラム派遣軍第2艦隊に敵艦隊への攻撃命令が下る。長らく地上支援ばかりを担当していた彼らは狂喜し、空母2隻と言う大物めがけて顎を開き始めた。


 空母を追いかける形でクーリルに向かったのは、〔石鎚いしづち〕型超甲巡洋艦弩級高速戦艦つるぎ〕である。

 皮肉にも、ガミノ艦隊を護衛する〔アラスカ〕級のライバル艦が、雌雄を決するべく戦場に向け帆を開いたのだった。


 救援が到着するのは3日後の3月13日。


 クーリル諸島に残された戦力は、戦闘機7機、戦車4両、歩兵250人と言う僅少の戦力。これは、南部隼人の前世で同じ状況に立たされたペリリュー守備隊の40分の1に満たない。


 対して、ガミノ軍は最低でも100機以上の航空機と1個師団の上陸部隊が用意されていると予想される。彼らはそれだけでガミノ艦隊の猛攻を3日も耐えねばならない。


 長い長い3日間が始まろうとしていた。

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