第34話「友の記憶」

”ミズキ・ヴァンスタインを見ていると、どうにも他人の気がしなかった。

それは、彼女の中に親友ともの姿を見たから”


南部隼人の手記より




「大体わかりました」


 ミズキ・ヴァンスタインは一通りの操作を習うと、そっけなく言い放った。


「本当かよ?」


 隼人は胡散臭げにメイドを見つめる。


 確かに前世では機種転向きしゅてんこう訓練無しで戦闘を行った例も多いが、それにしてもその自信はなんだろう。空戦が初めてなら、普通は不安になって少しでも出来る事をしようとする。例えそれ以外の実戦を経験していてもだ。


「ええ、あとは私の方で練習しますので、休息を取ってください」


 手を振ってあっち行けをする彼女に、違和感を覚えて良く観察してみる。

 何だか、いつもの余裕がない。

 普段の彼女だったら、協力者である隼人をすまし顔で使い倒そうとするはずだ。


「お前……焦ってる?」

「……っ! まさか。私は感情をコントロール出来るように訓練されていますので」

「感情を殺せる奴がそんな分かりやすい反応をするか。お前さん、割と自爆型だろ? 誰にも頼れないと抱え込んで暴発するタイプだ」


 初めてしかめっ面をするミズキに、隼人は顔をほころばせた。


「根拠のない言いがかりですね」


 言い返す言葉にもいつものようなキレが無い。


「お前とそっくりな奴を知ってるんだよ。そいつも自爆型で、友人に銃を向けて居なくなった。彼が愛情を受けてるのにもっと欲しがる姿に軽蔑してたんだろうな」


 話の流れが見えたからか、ミズキは即座にポーカーフェイスを取り戻しと問うた。


「それで、どうなりました?」

「今、連盟軍にいる」


 どこどこの街に住んでいる。

 たかだかその程度の話をするかのように言う。


「なるほど。あなたの元親友で、連盟軍が誇る天才パイロットですね」

「やっぱり知ってるのか。あと、別に元じゃない・・・・・


 彼は士官学校の同期だった。

 隼人とは、これからの空軍や飛行機について熱っぽく語らった仲だ。

 孤児である”あいつ親友”は、親の愛を一身に受けた故の無邪気さで空を目指す隼人を憎んでもいた。それを知ったのは、隼人に銃を向けて出奔した後だった。


 クロアで再会した彼は、ゾンム空軍の少佐になっていた。

 何度か空で相対したが、和解の糸口はつかめていない。


「……そうですか」


 無関心を装った様子で相槌を打つミズキだったが、どうやら自分がを”あいつ親友”に例えられたのがお気に召さなかったようだ。


「その天才を倒そうと、随分と無理をされているようですね? 時間が出来ると司令の許可証を持って鹵獲機に試乗しておられるとか。早瀬少尉も連れて行かれるのに、日頃の行いから色っぽい噂ひとつ立たないそうで。色々と邪推する人間が全く居ないのは逆に凄いと言うものです」

「……沙織の話は今は良いだろ?」


 変な噂を立てられると悪いとは思っているのだが、本人が構わないから連れてゆけとせがむのだからしょうがない。

 ”あいつ親友”と言いうちの義妹と言い、身内には飛行機馬鹿ばかりが集まるものだ。


「それで、私がどうしてその方に似ていると?」

「リィルだよ。お前のあいつに対する態度が、”あいつ親友”と俺の関係に被って見えるんだよ」

「ありえません。私はお嬢様の幼稚さを軽蔑しています。愛情を疑って、つまらない意地で周囲を振り回すお姫様。私がそんな子の為に猊下げいかを裏切ると?」


 彼女にとって面白くない話題なのは分かる。だが、将来のお節介が言葉を重ねさせた。


「そうじゃない」


 そして頭を振り、やんわり否定する。


「お前は今戦ってるんだよ。リィルと言う異物を吐き出すか受け入れるか。そしてどちらも選択することを恐れている。切り捨てるにはリィルの存在が大きくなりすぎた。受け入れるには愛情を受けたリィルへの嫉妬と向き合う事になる。違うか?」


 ミズキのリィルに対する思いもまた嫉妬だ。

 これは想像に過ぎないが、愛情を受けながら、それを疑っているリィルに激しい愛憎を抱いているのだろう。自分がガミノ教皇を敬愛し、無意識に父親を求めているから。


 だから、他人の気がしなかった。


「……あなた、性格悪いです」

「お前にだけは言われたくない。あと、それ肯定してるようなもんだから」


 どこかむくれた様子のミズキの仕草を、不覚にも可愛らしいと思ってしまう。

 普段からこの様子ならやりやすいのだが。


「ですが、その方はあなたを吐き出したようですが?」

「そうだな。だけど、俺も失ってみて分かった。それであいつは苦しんでるよ」


 彼が同期達に残した手紙は、決して裏切りが友人たちへの嫌悪からでは無いと証明していた。そこには隼人を気遣う一文がのせられていた。


『どうか、隼人を頼む。彼は軍人には向かない』


 憎むだけの相手にそんな言葉は残すまい。

 そして彼の手紙が正しいことは、隼人自身が良く知っている。


「お前がどちらを選ぶかは知らない。でも後悔するような選択はしない事をお勧めするよ」


 ミズキは黙り込む。隼人は駄目押しに尋ねてみる。


「と言っても、結論はもう出てるだろ? リィルの為にこんな危険を冒すんだ。あいつを大事に思ってなきゃ出来ない事だ」

「……教皇猊下の為です」

「じゃあ、今はそれでいいや。だけど覚えておけ。人間はちゃんと変われるんだよ」


 ミズキは不機嫌そうにしてはいたが、隼人の言葉を茶化すことは無かった。


「肝に銘じておきます」


 隼人はにんまり笑って、めくった即席のマニュアルを差し出す。


「ああ、そうしてくれ。じゃあ、続きをやるぞ。お前徹夜でやるつもりだったろうが、睡眠時間はちゃんと確保してもらう。それまでみっちり教えるから」

「本当にあなたはお節介です。お嬢様にそっくりでむかむかします」

「そうか、そりゃ誉め言葉だな。俺にとっても、リィルにとってもな」


 ミズキは悔しそうにだんまりを決め込み、隼人はようやく彼女に舌戦で勝てたと満足感に浸るのだった。

 後々反撃にさらされ続けることになるのだが。

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