第35話「追う者と追い越す者」

”人を嫌ったり憎んだりするのは、それなりのエネルギーがいる事だと骨身にしみましたよ。

後で南部の奴にそう言ったら、「そりゃお前がいい奴だからだ」なんて言い出すもんだから……”


グレッグ・ニールのインタビューより




Starring:グレッグ・ニール


 まったく、そう言う内緒話は他所でやって欲しいものだ。グレッグ・ニールは思う。


 会話が飛び込んできたのは、サミュエル・ジード少佐に〔ゼロ戦〕の操作をレクチャーしていた時だった。南部隼人と下士官の、互いに敬意を交えた言葉。

 大方格納庫の騒音でかき消されると思ったのだろうが、それが途絶える時だってあるのだ。


 頭のどこかで理解はしていた。破滅的な状況に絶望せず、南部隼人中尉は打開策をひねり出した。そこいらの平凡な銃士パイロットでは出来ない事だ。


 そして、自分が追いかけている天才菅野直を本気で倒すつもりであることも。


 自分はどうだろうか?

 菅野を追いかけるのは良い。彼の通った道をただ辿っているだけではなかったか?


 菅野に勝つ気でいる南部に比べ、自分は菅野になろうとして・・・・・・いた。そんなもの、なれやしないのに。


「……今思えば」


 照準器から視線を外さず、サミュエルが語り始めた。何か自分の根幹に関わる話だ。直感的にそう感じた。


「私がグレッグ中尉に素性を明かしたのは、自分に似ていたからかも知れないな」

「似ていた……ですか?」

「そうだ。私は叶うはずもない望みを聖女様に預け、縛り付けてしまった。中尉も敬愛する上官に自分を変えて貰おうと、丸投げした。そっくりじゃないかね?」


 彼らしくない辛辣な言葉に苦笑するが、半分以上は自嘲であろうなと慮る。


「私が思うに、南部中尉は”頭で飛ぶ”タイプのパイロットのようだね」

「頭で、ですか?」

「たまにいるのだよ。野性的な勘や操縦のセンス。そう言ったものに全幅の信頼は置かず、自身で構築した分析や理論で戦うファイターパイロットが」


 何も答えられなかった。自分は勘に任せて敵を追い回していただけだ。


「気にしなさんな。若いと言う事は伸びしろがあると言う事だ」


 サミュエルはフラップの利きを確かめながら語り掛ける。風防から顔をのぞかせ、主翼を見つめたまま。


「先ほどから中尉のレクチャーを受けていて、あなたもそちら組・・・・だと感じたがね」

「俺が、ですか?」

「例えば、私に〔ゼロ戦〕を任せる時だ。まず自分が乗って舵の利きや計器の状態を確認してから、機体の細かい癖を伝えただろう? あの時の君を見て南部中尉が微笑んだのに気付いたかね?」


 グレッグは言葉を失う。それは恐らく、菅野大尉の模倣では無い。彼自身、グレッグ・ニールの個性だ。


 菅野は良くも悪くも飛行機に愛着が無い、と言うより飛行機よりも人命の方を圧倒的上位に置いている。いくら飛行機を壊そうが、その分敵を墜とし味方を助ければ帳尻が合うと考えている。


 南部の方は違う。

 飛行機は戦争に勝つためのリソースであり、可能な限り喪失を抑えなければならないと考える。そして、彼にとって飛行機はかけがえのない戦友である。民草と天秤にかければ壊すだろうが、そうでなければ自分の子供を扱う様に大切にする。


 そして2人の考えを天秤にかけた場合、認めたくないが自分は南部寄りだ。


「要するに私は、考える事から逃げていたんですね」

「それは、私も同じだがね」


 サミュエルは軽く笑って、初めてグレッグに首を向けた。


「で、どうするかね? 私は聖女様……リィル嬢を救うために全力を尽くすつもりだ。君は、勝ちたいか? 南部隼人に、菅野直に」


 そんなことは、分かり切っている。ここで無難な道を目指すなら、戦闘機乗りなどやっていない。


「勝ちますよ。一番を目指さなければ戦闘機乗りではありません」

「そうか、では分かっているだろうが、大技や無理な機動は控える事だ。君の〔紫電改〕は格闘戦と一撃離脱の両方をこなせるようだが、格闘戦に拘るな。敵機の死角を突いて一撃で落とす事を考えたまえ」


 少し前の自分なら、その様な戦い方を「卑怯」と捉えただろう。だが自分が勝ちたいのはなりふり構って勝てる相手では無い。南部が同じ状況ならば、迷わず死角を突いてくる。


「一番の鬼門は、敵機を撃墜した時だ。つい気が大きくなって、返す刀でもう1機……と行きたくなる。そういう時は気付かないまま隙を晒している事が多い。心当たりは無いかね?」


 ありすぎるくらいだった。


 今考えると僚機ウィングマンの菅野大尉には随分負担をかけてしまっていた。

 恐らく、菅野は特性の違うグレッグにフォローを頼めば、安心して突っ込めると言う考えがあったのではないか。だからこそ自分を僚機に選んだ。

 もしかしたら、菅野は自分の成長を待ってくれていたのかもしれない。


「少佐、ありがとうございます」


 サミュエルが微笑する。


「お願いがあります」


 グレッグは恥かきついでにと切り出した。


「これが終わったら、時間を頂きたい。予想される危険を今のうちに全部割り出しておきたいのです。本来は大尉や南部の奴も参加してもらいたいですが、あの2人は今てんてこまいでしょうから」

「……いいだろう」


 サミュエルはにやりと笑う。


「要らぬ拘りを躊躇なく投げ捨てる。生き残るのは中尉みたいなパイロットだ。私も入れ込み過ぎてそれを忘れるところだった。こちらこそ礼を言わせてもらうよ」


 作戦開始の予想時刻まで、既に12時間を切っていた。

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