第13話「文学とデストロイヤー」
”私が知る菅野大尉は、情に厚いけど向こう見ずで、肩を張って生きてる人のように見えました。
でも、リィルと話している彼は感受性豊かで知的な人で、目の前の人が本当に大尉なのかと疑いました”
早瀬沙織のインタビューより
Starring:早瀬沙織
世間話はいつの間にか「ライズには素晴らしい演劇文化があるが、その分文学が育っていない」と言うハイブロウな話題になっていた。
「
「おう! 人生観変わるぞ」
熱っぽく語らう菅野とリィルに付いて行けず、沙織は二人の変わりように苦笑する。
彼女も本はそれなりに読むが、ごく有名なもの以外地球の文学までは手を出していない。
「中尉は何か文学は読まれるんですか?」
にこやかに見守っている
「そうだな、ティグジュベリの『夜間飛行』だろ? ヴェルヌの『気球に乗って五週間』と『征服者ロビュール』だろ? あとはケストナーの『飛ぶ教室』だな。フランス語もドイツ語も読めないから、ティグジュベリとケストナーは
「……見事に空を飛ぶ話ばかりですね」
「おお、気付かなかった」
相変わらずである。笑う師匠に、「本は幅広く読まんか」とお説教する菅野大尉。
彼も何だか生き生きとしている。
「逆に聞くが、ライズ文学だとお勧めは何だ?」
菅野が水を向けてくれたのは、話題に入れない沙織を気遣っての事だろう。
「そうですね。ありがちですが、『王妃たちの恋』ですかね」
「ああ、まさにそれを読んでいる途中だ」
「えっ、菅野大尉も恋愛小説を読まれるんですか!?」
『王妃たちの恋』とは、ダバート王国で3賢王と言われた3人の国王と、その王妃の恋愛を描いた劇を小説に直したものだ。
王たちは卑屈だったり、女たらしだったりやたらと尖がった連中だが、王妃3人はそんな国王の尻を叩いたり共に困難に立ち向かったりして幸せになってゆく。
かなり甘ったるい話なので、菅野のような軍人とは無縁の小説かと思っていた。
「優れた文学なら何でも読むさ。秘密だぞ?」
いたずらっぽく歯を出して笑う姿は、とても絵になっていた。いつもの彼を考えれば「らしくない」筈なのだが。
沙織にとって菅野直は、一言で言い表せない存在だ。
指揮官としては、間違いなく優秀。
部下思いの彼は上官としても申し分ない。
軍の飯を食いながら、士官学校を出ていない自分を色々と気遣ってくれる。
師匠の実力を疑っているところは大いに不満だったが、今ではそれも解消されているように思える。
そしてパイロットとしての特性は、師である南部隼人より自分に近く、自分のはるか先を行っている。
グレッグ中尉などが、南部隼人ではなく菅野に教えを乞うべきと言うのは満更的外れでもない。
だが、自分の憧れる飛び方は菅野ではない。
感性で飛ぶのではなく、全てを理解する為に一歩一歩挫折しながら学んでいきたい。
そして「天才」の肩書を返上し、「常勝」の飛行機乗りになってやる。
「技術だけを頼みにする天才は、なりふり構わない凡才に負ける」のだ。
沙織もまた、超える対象として菅野を見ていた。敬愛する師匠と同じように。
「大尉はもっと演劇を見るべきです。ライズの文化が詰まってますから」
「そうかぁ、じゃあ分隊の連中を誘って行ってみるかなぁ」
「『賢者ペトルス』なんてどうですか? 馬鹿にされていた落ちこぼれが竜神様に魔法を教わって大成するお話です」
だが、目の前で楽しそうに話す青年は自分が尊敬しつつも壁として見上げていた、”デストロイヤー”では無かった。
何となく、今の菅野が本来の彼であるような気がしてどうにも新鮮だ。
師匠に視線をやると、2人に気付かれないように人差し指を唇に当てた。
どうやら、師はその事を
(そうか、大尉は……)
彼もまた、”デストロイヤー”を演じているのかもしれない。
自分やリィルがそうであったように、彼もまた何かで自分を縛って生きているのだろう。
それを尋ねてみたい気持ちもあるが、今やっと自分を出せた菅野に水を差すべきではないと判断した。
もしリィルが望むように戦争が無くなれば、自分たちは自由に羽ばたけただろうか? 愚問だった。そんなものは言い訳に過ぎない。
飛びたいのなら飛べばいい。
2人の会話を聞き入っている師匠を見る。
自分が何故彼に惹かれたか分かった気がした。
彼はどんな状況でも、”自分”を手放さないのだ。
恋人を失っても、どんなに侮られても、彼は彼であることを絶対に止めない。それをやるなら死んだ方がマシだと言わんばかりに。
だから初めて会った時、彼は自分を天才の肩書では見なかった。一人のひよっ子として扱ってくれた。
そんなことを自然体でやっている彼に憧れたのだ。
一方で英雄菅野は重責に苦しんでいる。
日本やラナダを始めとした条約国は、皆”デストロイヤー”を求めている。
もし、彼が”デストロイヤー”を止めてしまえば、きっと多くの人が失望し、命だって失われるかも知れない。だから頑張らねばならない。
でもそれではあんまりにも救われないじゃないか。
自分を救ってくれた師匠なら、菅野に何と言うだろうか?
沙織の中で既に”答え”は出ていたのだが、その時は気付かずにただ悩むばかりだった。
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