第14話「メイドさん、からかう」
”ミズキ・ヴァンスタインには、随分と振り回された。
あれが彼女なりのコミュニケーションだと知ったのは、クーリルの戦いが佳境に入った時だった”
南部隼人の手記より
Starring:南部隼人
廊下で談笑していた南部隼人は、いきなり背後に気配を感じで振り返った。
目の前の人物を見て、南部隼人はホルスターにかけ手を離し、嘆息した。
「どうも、お疲れ様でした」
背後にいるのがお盆を持ったメイドだと知ったからだ。
「流石歴戦の
早瀬沙織は動作こそ隼人より速かったが、気配を察知するのに遅れが出てしまったようだ。拳銃を握る事は出来なかったようだ。何やら悔しがっている。
「心臓に悪いから、殺気なんぞ出さず普通に話しかけてくれ。ええと……」
「申し遅れました。私、リィルお嬢様付きのメイド、ミズキ・ヴァンスタインと申します。お見知りおきを」
金髪のメイドは、仰々しくスカートの端をつまんで見せる。
菅野と楽しそうに話し込むリィルを見て、仕事を口実に撤退してきた2人を出迎えたのはリィル付の謎メイドだった。
「リィルに付いてなくて良いんですか?」
沙織が尋ねる。若干ぞんざいなのは先程の事を引きずっているようだ。
「護衛はあと2人います。あの大尉がお嬢様に
「そうか」
適当な返事をして相手を観察する。
意識してみて初めて分かったが、動く際に上体がブレていない。かなり武術をやり込んでいるようだ。自分が使う無手勝流の柔道では、魔法を使っても勝てるかどうか。
「で、何の用だ?」
「確かめたい事が。うちのお嬢様を見て口説かず他人に預けると言うことは、女体ではなく飛行機の流線型でしか興奮しないと言う噂は本当……」
下らない戯言と思ったが、1人真顔で反応した奴がいる。
「
「誰がそんな噂した!? 俺はそんな性癖ないっ! 沙織も信じるなよ!」
「本当に? 戦闘機に魂が宿って言葉を交わせるようになったら、お付き合いしたいと思わないと竜神様に誓えますか?」
うっかり一瞬考えてしまった。ふふんと勝ち誇った笑みが返ってくる。
何故か沙織が涙目で見つめてきた。
「いや、俺は普通に女の子好きだから!」
「私はお嬢様の護衛と言う役目がありますので、お気持ちは嬉しいのですが……」
「ちげーよ!」
面倒臭いのに絡まれたと頭を掻く。
こいつよりアメリカ戦闘機の方がまだ御しやすい気がした。
「お二人にお礼を。うちのお嬢様に一番必要なものを与えて頂きありがとうございます」
彼女の言葉が何を意味するか明白だったから、2人は「どういたしまして」と答えておく。
「使用人の立場からでは限界がありますので、なかなか苦言できなかったのです」
「えっ? あれだけ言いたい放題なのに、苦言してなかったんですか?」
沙織は沙織で結構失礼な事を言う。先ほどのやり取りを鑑みるに言われてもしょうがないが。
一方ミズキの返答も斜め上だった。
「……私は性格も控えめで口下手なので」
二人は口を揃えて「ありえない」と顔の前で手を振った。これだけ見たら喜劇映画みたいである。
「まあ、いいでしょう。私はそんな事を話したいわけでは無いのです」
「……お前と話してると、疲れるわ」
だが、次に彼女が口にした言葉で、喜劇のムードは吹き飛んでいた。
「あなたたちは何故、何か失っても飛び続ける情熱をお持ちなのですか?」
急に自分の本質に迫る質問をぶつけられ、
「……それを聞く理由は何でしょうか?」
「そうですね。ただ『異質なものに興味を引かれた』からでは無いでしょうか」
見返したミズキに、先ほどまでの人を食ったような笑みはなかった。
これは、きっと真面目に答えなければならない。そんな気がした。
「私は、上手く言葉にできませんが、『楽しいから』ではいけないんでしょうか?」
「どんなに辛い目に遭っても、楽しいことが楽しいままでいられるのですか?」
沙織は胸を張って「ええ」と言い切った。
「そうですか」と答えたミズキの心中は分からないが、どことなく余裕が無いように感じた。
「俺も楽しいからってのはあるが、飛ぶ理由は”絆”のためだな」
「絆、ですか?」
「お前さんもあるだろ? 例えばリィルを随分可愛がってるようだな。そう言うのが絆だろ?」
ミズキは首を傾げとすげない返事っをする。
「別に可愛がってはいませんよ? むしろいつも厄介事の尻ぬぐいで振り回されています」
「お前、その割りには真っ先にリィルの事でお礼を言ってたけど?」
「…………!?」
「気づいてなかったのかよ!」
この女、一から十まで調子が狂う。
そんな隼人の苦手意識をよそに、ミズキはうんと頷いて言った。
「どうやらあなたたちは信用できる人物のようですね」
何をどうすれば、今の会話で信用度が分かるのだろう?
「いまのやり取りだけでですか?」
「ええ、
「……いったい、何なんだあんたは?」
もし、彼女が”
隼人が詰め寄った時、廊下の向こうから「ミズキ? 何処です?」とリィルの声がした。
「……チッ!」
「お前、今自分の主に舌打ちしたよな!? 酷くない?」
「気のせいです。また改めてお話ししましょう」
ミズキは来た時と同じようにスカートの端を摘まむと、優雅に去っていった。
「師匠、いったいなんなんでしょうか?」
「俺にも分からん」
二人は、洗練された動作でリィルの元に向かう彼女を見つめ、どっと疲れを感じたのだった。
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