第15話「若鷲と老兵」

”まったく、貧乏くじを引いたもんだ

そう思ってましたよ。当初はね”


グレッグ・ニールのインタビューより




Starring:グレッグ・ニール


 グレッグ・ニール中尉は、目の前の相手に微笑んで見せた。

 内心の不満を悟らせてはいけない。そう意識しながら。


 相手はサミュエル・ジードと言う壮年の飛行機乗り。リィル・ガミノを運んできた輸送機のパイロットだ。右足が動かないのか、杖を傍らに立てかけている。こんな状態でよくここまでたどり着けたものだ。

 もう一人の副操縦士は警戒心を露わにし、出した茶や菓子に手も付けない。


 彼の任務はこの二人を歓待しつつ、少しでも多くの情報を引き出す事だった。

 自分はパイロットであって、情報組織に属している訳では無い。

 そもそも、ガミノのクソ共と何を話せと言うのだ。


 ラナダ海軍の士官であるグレッグは、ガミノ人の顔を見たくない程度には一般的なラナダ国民だった。


 無難に世間話を振るが、副操縦士が当たり障りのない言葉を返し、機長の方はうんともすんとも言わない。

 いい加減うんざりした時、機長が口を開いた。


「君も、誰かを失ったのかね?」


 その言葉の意味を察して、グレッグは首肯した。


 別に、身内の誰かが殺されたわけでは無い。

 だが共に訓練を受けた同期生がガミノ兵に惨殺された。地球への留学から戻って以来、共に研鑽けんさんを重ねてきたライバルだった。

 不時着した〔ゼロ戦〕を救出に来たラナダ軍が見つけたのは、頭部を切り落とされた彼の亡骸があった。恐らく何かの魔法を使ったのだろう。

 どれだけ彼が苦しんで死んだかと思うと、悔しくて涙が出た。全身が殴られた痣だらけだったそうだ。


 この戦争を起こしたゾンム帝国や、他人である地球人ですら国際ルールをとりあえずは遵守して戦っている。だと言うのに、彼らの行いは異常だった。

 最近では捕虜がガミノ兵だと知ると即座に射殺したり、パラシュート脱出するパイロットを狙い撃つ条約軍将兵も増えていると言う。グレッグに言わせれば自業自得だ。自分でやる気はないが。

 サミュエル機長が頭を下げる。自分に責任があるかとでも言うように。



「恥ずべきことだ。私が謝って済む問題ではないが、すまなかった」


 無性に腹が立った。

 何を自分だけお綺麗でいようと言うのだ。ガミノのやってきた事を悔やむなら、最後まで悪行の限りを尽くし、そして滅んでしまえばいいのだ。


 グレックの冷淡な視線に副操縦士が何か言おうとするが、サミュエルが首を振って遮った。


「私の事はどれだけ蔑んでくれて構わない。だが、聖女様は必ずダバートに送り届けて欲しい」

「聖女……。リィル・ガミノ嬢ですか」


 グレッグとて他宗派ながら竜神教徒だ。聖都ガミノや教皇にはそれなりの敬意はある。

 条約国は連盟国に取り込まれた側近たちが教皇を監禁し、祖国を危険な戦争に走らせたと宣伝している。

 だがそれを鵜呑みにして教皇に対する疑念を払拭するには、この戦場は凄惨すぎた。


 それでも気になって尋ねてしまう。サミュエルの瞳に狂信の色が皆無だったからだ。


「どうして、そこまで?」


 サミュエルは暫し沈黙し、ゆっくりと口を開いた。


「あの方は……、私と同じ苦しみを味わったからだ」


 ラーナル発、ガミノ行き32便。

 彼の妻子は、ダバート王国から帰国する為、運命の直行便に乗り込んだ。

 エンジントラブルで雪山に不時着する運命にあるとも知らずに。


「軍は救援要請を握りつぶした……。戦争に備えて山岳部隊を前線に移動するには、救援を出している暇は無い。そういう事だった。実際には戦争が始まるまで1ヶ月以上あったのだ。今まで散々祖国の為に戦ってきたと言うのに、最後の最期でこの仕打ちだ……」


 拳を震わせるサミュエルに、グレッグは沈黙で応える。

 彼の怒りは、戦友を惨殺されたグレッグの怒り。いや実際にはそれ以上であろうから。


「聖女様の出奔にパイロットとして同行することを持ち掛けられた時、私は躊躇した。どんなに腐っていてもあの国は私の祖国。それに、こんな馬鹿な試みが成功するはずもない」


 サミュエルの言葉には、若輩であるリィルへの苦々しい思いが感じられた。だが、それは決して侮蔑ではなかった。


「だが、知ってしまったのだ。32便に聖女様の大切なご学友が乗っていたと。聖女様もまた私と同じ苦悩をして、皆を救おうともがいておられる。だから、託してみる事にした」


 託してみる、か。


 正直、あの聖女が言う事に従って戦争が止まるなら軍隊など必要ない。他宗派のグレッグは、聖女への「敬意」は持ち合わせていても「信仰」までは持っていない。条約国の首脳陣もほとんどがそうだろう。


 だが、「託す」と言う気持ちは良くわかる。


 彼自身、託しているからだ。

 菅野なおし大尉に。


 グレッグ・ニールは、初めての戦闘で多数の〔Yak-1ヤク・ワン〕戦闘機に追い回され、恐怖を植え付けられた。

 初陣で恐怖心を刻み込まれたファイターパイロットが立ち直る。それは、非常に困難な試みだ。


 操縦桿を握る度に手が震え、編隊についてゆくのがやっとという体たらくが続いた。

 彼は自分の不甲斐なさに悔し涙を流した。

 両親と弟妹きょうだいは生活が苦しい中で、自分を送り出してくれた。一人でも働き手が欲しい状況に無理をさせた彼らにすまないと何度も詫びた。


 だが、そんなとき菅野なおしが現れた。

 我が方の〔ゼロ戦〕に比して格上――と言うより天敵の〔ヘルキャット〕戦闘機を、垂直降下からの見事な攻撃で血祭りにあげたその姿に闘志を掻き立てられ、いつの間にか震えは消えていた。

 その〔ゼロ戦〕には、黄色い二本線が描かれていた。


 菅野直の分隊に転属が決まった時、竜神の加護に感謝したものだ。既にその時、彼は研鑽と連戦の中で、自らも撃墜王エースと呼ばれるようになっていた。

 彼の持てる技術を盗むことが出来れば、立身出世だって可能になる。両親に楽をさせ、弟たちを良い学校にやれるような。

 グレッグは、必死になって菅野を追った。


 南部隼人と言うパイロットは好きではない。

 必死に菅野の技術を研究する自分を、「もったいない」と切り捨てたからだ。

 それは、彼の存在意義に対する挑戦だった。


 だが操縦技術に劣り奇行癖がある彼を苦々しく思いながらも、早瀬沙織少尉が彼に憧れるのも痛いほど分かるのだ。きっと彼女の中で何か鮮烈な体験があったのだろう。


 おそらくこの機長も、飛行機乗りとして自分に同じ「匂い」を感じ取ってこのような話を切り出したのだろう。

 忌々しいが、的確な判断だ。


「お話は承った。無駄だとは思うが、上に伝えます」

「よろしくお願いする」


 渋い顔をするグレッグに、機長は頭を下げ、それに副操縦士も続いた。


 やれやれ、これでガミノのクソ共を憎んでいれば良かった日々とはおさらばだ。


 全く、今日は厄日だよ。

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