第39話「ワルゲス・ゾンバルトの憂鬱」【挿絵】
”吾輩は、民草を守りたいと涙ながらに訴える菅野大尉、南部中尉らに心動かされ、決断を下した。
「やりたまえ、全責任は私が取る」と”
ワルゲス・ゾンバルトの手記より
Starring:ワルゲス・ゾンバルト中佐
ワルゲス・ゾンバルト中佐は、ラナダ空軍において典型的な軍官僚のキャリアを歩んだと言える。現在46歳。そろそろ大佐に昇進できなければまずいと焦る頃合いである。
エリート部隊である独飛に参謀として派遣されると言うチャンスをつかむが、取り立てて突出した何かをしてきたわけでは無い。長所はミスが少ない事くらいだろうか。彼が選ばれたのも「元パイロットならば、戦闘機部隊の参謀も務まりやすいだろう」と言う程度の理由だ。
独飛司令は部下思いではあるものの、やたらと自己アピールの為に派手な戦術を選択する悪癖があった。そんな彼に事務方として諫言する事もなければ、現場が陳情する装備や人員を何とか確保しようと奔走することもない。
とりあえず算盤を弾いて書類に判を押している人物。それが彼の評価だった。
このままならば、大佐になれず定年を迎えてしまう! そんな危機感が、彼に危険を冒してまでクーリル諸島へ足を運ばせる。
結果は後悔の連続だった。
迫りくるガミノ艦隊に、あろうことか守備隊は徹底抗戦を選択してしまう。南部中尉の口車に乗って抗戦派に与したものの、時間が経つにつれて不安が頭をもたげてきた。
パイロットたちを捕まえて「大丈夫なんだろうな?」と聞いて回ると、菅野
他の面子も程度の差はあれそのような扱いだった。
(まったく、皆が私を無視しおって!)
ぷりぷり怒ったところで皆が注目してくれるわけでは無いし、そもそも作戦の邪魔になる。それが分かっているから尚更腹立たしい。
出撃直前、サミュエル・ジード少佐を捕まえて督戦したのはそんな焦りからだ。
「とにかく勝って来てくれ!」
少佐は静かにワルゲスに向き直り、しばし観察するように見つめた。
「中佐は、誰かを失いましたか?」
怪訝そうに見つめるワルゲスに、サミュエルは勝手に納得したように頷いた。
「……そうですか。ご家族は?」
「妻と娘が2人いるが? いったい何なん……」
ワルゲスは大いに苛立つが、出かかった文句は呑み込んだ。サミュエルの言葉に有無を言わせない迫力を感じ取ったからだ。
「子供がいるなら、ちゃんと顔向けできる生き方をしませんとな。
何も言い返せなかった。
サミュエルは自分の内面を見透かしたようで、それ以上何も言わずワルゲスをじっと見つめた。
「とにかく、頼みますぞ!」
捨て台詞のような言葉を残し、逃げるように踵を返す。格下の少佐に敬語で応えていたことには、後になって気付いた。
離陸してゆく7機の戦闘機を見送りつつ、ワルゲスは焦燥感と戦っていた。
このままでいいのか?
いい筈だ。万一作戦が失敗しても、自分はリィル嬢を送り届ける為と漁船で脱出すればいい。南部中尉が言い出した事なのだから、遠慮なくその言葉に乗れば良いだけだ。
だがそうなった自分を、子供たちはどう見るだろうか?
娘は2人とも思春期の真っただ中で、自分に向ける目は厳しい。
ワルゲスはもっと偉くなりさえすれば、2人の目が変わると思っていた。パイロットとして大成できなかったなら、出世競争で勝ってやる。そう思って今までやってきた。
そうじゃないとしたら?
彼女たちは、ワルゲスの中に燻っている卑屈さを嫌っているのでは? 娘たちに同調せず、自分を立て続けてくれた妻はどうだろう?
恐らく軽蔑はしないだろう。ただ、この人はこんな
だが、それは男としてどうなのか?
(……どうせ生きて大佐になっても、そこ止まりじゃないか)
ならば大佐になれなくても、家族に玉無し呼ばわりされるよりマシじゃないか。
そう思った時、一気に気持ちが楽になった。
「君!」
声を張り上げて、帽子を振っていた整備兵を呼び寄せる。
「何か御用でしょうか?」
呼びつけられた軍曹は、明らかに不審そうにワルゲスに敬礼した。余計な事はしてくれるなよと顔に書いてある。
だが、余計な事はさせてもらう。
「予備機として疎開させた〔
「はっ、2機とも無事です。燃料と銃弾も疎開済みですので、補給すればすぐにでも飛べます」
「準備しておけ。すぐ必要になる」
軍曹は幽霊でも見るような表情を浮かべたが、すぐに復唱して上官に命令を伝えに行く。
〔96式艦上戦闘機〕。
〔ゼロ戦〕の開発スタッフが手掛けた軽戦闘機である。
※画像はこちら
https://kakuyomu.jp/users/hagiwara-royal/news/16817139556317134004
これを液冷エンジンに換装し、機体を再設計したことで、連盟軍の旧式戦闘機には何とか食らいつける程度の性能は持ってはいる。
武装も20mmモーターカノンで、威力だけなら一線級の敵に通用する。
だがこれで最新型の〔コルセア〕と戦うと言うのは、はっきり言って無謀だった。〔96艦戦〕と〔コルセア〕の間には2世代もの技術格差と、時速にして200キロ近い速度差がある。
それでも、これが役に立つときが来るとワルゲスは考えた。
ワルゲス・ゾンバルト、一花咲かせてやろうじゃないか。
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