◆2nd day
第37話「厄災の到来」
”〔アラスカ〕の砲撃が始まった時には、もう駄目だと思いましたね。あんな馬鹿でかい大砲に撃たれたら俺たちは全滅だと。
ところが、陣地にはついに一発の砲弾も命中しなかったんです。
その時やっと「やれるんじゃないか」と思い始めました”
クーリル防衛戦に参加した戦車兵のインタビューより
Starring:ヘルマン・ダマリオ少佐
降臨暦944年3月11日
沖合に姿を見せたガミノ神国の艦艇は、夜明けとともに砲撃を開始した。
〔アラスカ〕の誇る
それもそのはず、海岸の陣地は島民に形だけ掘ってもらったダミーなのだ。
本当の陣地は浜辺の奥にある林の中。
塹壕に潜んだ歩兵は、砲撃でも簡単には排除できない。
近年の大砲は破片をまき散らして人を殺す武器だが、壕に籠った兵隊は破片を受ける面積が減るからだ。
〔アラスカ〕が持つ巨砲は、至近距離に着弾するだけで気圧の変化で肺が潰されるが、この時のガミノ艦隊は全く見当違いの方向を砲撃していた。
豪胆にも戦車のキューポラから上半身を出して様子をうかがっていたヘルマン・ダマリオ少佐が、砲撃の合間にそう呼び掛ける。
「どうだ! うちの”ファウストゥス”が立てた作戦は! 貴様ら生き残れるかも知れんぞ!」
武の賢者ファウストゥスは、魔法にも長けていたが智謀も並外れていた。人間を食らうシャークマンとの戦いで必勝の作戦を練り、彼らに家畜として扱われていた人々を見事に解放したのだ。
そのような偉人に例えられたと知ったら、南部隼人はさぞ羞恥に悶えたろうが。
「うちの隊長は筋金入りの飛行機馬鹿だが、飛行機に搦めて何かさせたら成功はほぼ確実なんだ。安心してガミノ兵に鉛弾を撃ち込め!」
何故か自慢げに、アレクセイ・レスコフ軍曹が兵達を督戦する。
航空兵である彼が陸戦の指揮を執るのは変則の極みだが、士官も下士官も足りない。渋る隼人に「自分も役に立ちたい」と押し切って戦闘に参加することになった。
肩を痛めているので銃は撃てないが、左手で軍刀を振って攻撃対象を指し示すことくらいはできる。
パイロットに選抜される前は、歩兵として祖国
「少佐どの、空母は〔ワスプ〕級、小型戦艦は〔アラスカ〕級大型巡洋艦です」
識別表片手にリボル副機長が上げた報告を、士官が有線電話で航空隊に伝達する。
「最近の軍隊では『どの』は付けないのです。それにあなたは民間の協力者です。畏まらなくても構いません」
ヘルマンの言葉に頭を振って、慇懃さは必要ないと固辞する。
リボルはリィルを運んできた輸送機の副機長だが、従軍経験は無く戦闘に貢献は出来ないだろうとノーマークだった。だがサミュエルが戦うと知った彼は、「自分は遠見の魔法が使える」と名乗り出たのだ。
「大変な時です。機長も死地に向かうのですから、私も使い潰してもらって結構」
一点しか遠見できないから四方を警戒する空戦には使えないが、敵を識別することは出来る。
「しかしそこまで仰るとは、サミュエル少佐も余程慕われているのですな」
「なに、大したことではありません。憧れているのですよ。空の男としてね」
砲撃が止むと共に、後方の輸送船から上陸艇が放たれる。
彼らにとって、上陸部隊は狩るべき獲物であると同時に人質だ。彼らと向かい合っている限り、ガミノ軍は再度の艦砲射撃が行えない。つまり、虎の子の小型戦艦が完全に遊兵と化すのだ。なかなかに愉快な話である。
「上陸してくる戦車は〔T34〕です。型式は……76型ですな」
リボルは上陸軍の兵器をひとつずつ丸裸にしてゆく。
普通はここまで詳細な情報は掴めない。彼がいる事は僥倖と言えた。
「良いか!? 戦車隊が戻ってきたら居残り組は追撃してくる敵を掃除しろ! その後後方の陣地へ下がる。焼夷弾が怖いからな」
その対策はやはり、こちらの位置を敵に悟らせない事だった。
千人単位の軍隊ならそうはいかないが、こちらはたったの250人。動き回りながらの継戦が可能だった。
実のところ、新型焼夷弾を開発したゾンム帝国はこの新兵器の提供を渋っていた。ガミノ人にこんな物を渡せば何をするか分からないと言う最後の良心だった。その
「……頃合いだ」
ヘルマン少佐が上空を飛び回る〔コルセア〕と腕時計を交互に眺めながら言った。
突如、フル回転のプロペラ音が迫る。
現れた7機の戦闘機は、目の前の〔コルセア〕や〔ヘルダイバー〕に次々と襲い掛かり、暴れまわる。獲物を食い散らかす獣の様に。
兵士たちの頭上を低空飛行で通り過ぎた重戦闘機が、荷揚げが始まったばかりの重砲や戦車、弾薬めがけて小型爆弾をばらまいてゆく。
爆炎と共に吹き飛ばされる鉄と肉に、兵士たちが獰猛な歓声を上げる。
「ガミノのクソ共に目にもの見せてやる! 戦車隊! 出るぞ!」
4両の〔三式戦車Ⅱ型〕がディーゼルエンジンの駆動音と共に、無限軌道を回転させる。
〔三式戦車〕と言っても、ソ連の〔T-34〕中戦車のコピーである。
元々はシベリアの東ロ帝国に亡命した技師が持ち逃げしてきた設計図に過ぎない。それをそのまま再現したところ、性能がすこぶる良いのでそのまま正式採用されてしまった。
ディーゼルエンジンは技術的な問題でデッドコピーになってしまっているため、最高速度は大幅に低下しているが、整備性と操作性は原型よりも向上している。
〔バズーカ〕対策に
Ⅱ型は、砲塔を大型化して主砲を英国製の〔17ポンド砲〕に差し替えた強化型である。
突如巨体を露わにした新型戦車に、その存在を想像もしなかったガミノ兵達は恐慌状態に陥った。
〔三式戦車〕は機関銃を乱射しながら歩兵を次々と轢き潰してゆく。
この時のガミノ兵は戦車に殺される者よりも逃げて来た味方に踏み殺される者の方が多かった。狭い浜辺は、悲鳴と砲声、ディーゼルエンジンの駆動音で満たされた。
土系統の魔法使いが追われるように塹壕を掘ってゆく。
そこに逃げ惑う兵士たちが殺到し、すし詰めになって身動きが取れなくなると言う笑えない光景も見られた。
勇気あるガミノ兵が〔バズーカ〕ロケットランチャーを発射するが、それは味方を巻き添えにする事を意味した。
バックファイアで火だるまにされた戦友が断末魔の叫びをあげながら転げまわり、撃ちだされた砲弾は防盾に阻まれて効果を発揮しない。
爆撃を免れた〔T-34〕がやはり味方を轢き潰しながらこちらに向かってくるが、残念ながら新型の85型ではなく、旧タイプの76型。勝っている筈の機動力も、障害物が敷き詰められた浜辺では発揮できない。〔三式戦車〕の〔17ポンド砲〕を受けてスクラップと化す。
『榴弾を装填! てーっ!』
ヘルマンの掛け声で、4両の戦車から一斉に榴弾が吐き出される。着弾したのは積み上げられた弾薬であった。
轟音と共に、砲弾の破片が飛び散り、積み上げられた物資をオシャカにしてゆく。
『よし! 引き上げるぞ!』
この時の戦車隊は、引き際も見事だった。敵の混乱が収まらないうちに車体を転じると、波が引くように後退してゆく。
士官たちの督戦で、〔バズーカ〕を抱えた兵士たちが射点に着くが、そこに歩兵砲の榴弾が降り注いだ。分解すれば車両を使わず運搬できるこの軽量砲は、
砲弾のシャワーの中十分に狙いを付けられなかったロケット砲弾は、空しく虚空に消えてゆく。
上空では暴れまわった戦闘機たちが、大空に去ってゆくのが見えた。
だが、その数は6機に減じていた。
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