第28話「ラドン騎士団」

”ミズキは当時からあんな感じでしたけど、本当はすごく繊細なんです。

それを言うと、彼女を良く知らない人は嘘だって信じないんですけど(笑)”


早瀬沙織のインタビューより




Starring:早瀬沙織


「鍵はどうした? 歩哨は?」


 驚きを通り越して笑うしかない。菅野なおし大尉が問うと、ミズキ・ヴァンスタインはしれっと言い放った。


「辺境の基地の鍵ですからどうとでも。歩哨の方はお休み中です」


 「お休み中」と言うなら、殺したわけではないのだろう。

 銃で脅したのか一服盛ったのか知らないが、武装した兵隊を制圧するとかどんなメイドだろう。

 

「どうします? さすがの私も銃を持った4人には敵いませんし、口封じに殺ってしまわれますか?」

「……お言葉に甘えてそうしましょうか」


 リーム・ガトロン中尉は剣呑な視線を送り、腰の〔ワルサーP38〕拳銃に手をかけた。


「いや、まずは話を聞こうか」


 恐る恐る大尉を見ると、人を殺せそうな迫力で威圧している。彼女に席を薦めるが、きっちりテーブルを挟んで位置取るのも忘れない。


 緊張の夜は、まだ明けそうにない。




「まず、賢竜会議については”我々”も察知しています。南部中尉が転生者であると言うのも。クロアで送った刺客も我々です」

「あれ、お前らだったのか!」


 驚愕する師匠せんせいだが、驚いたのはこちらの方である。どうやらクロアで殺されかけたらしい。


「師匠、そんな事が!?」

「ええ、ただ、中尉は予想される転生者の候補としては下位でした。その様な重要人物を前線に送るはずがないと言う意見が支配的でしたから」


 確かに普通に考えたら重要人物が最前線で操縦桿など握る筈がない。師匠の人柄を知れば違和感など消滅するのだけれど。


「ただ私個人は怪しいと思っていましたよ。イリッシュの戦いで、炎上した司令部の復旧に完璧な助言をされましたね? ゾンムの新型焼夷弾しょういだんについて誰も知らない筈なのに。あの無線を私の・・同志が傍受しましたもので」


 師匠を見やると、何やら頭を抱えている。


「やっぱりあの時か……」


 そんな大それたことを行い、成功させているとは思わなかった。凄い人だと思ってはいたが。そんな彼にミズキは駄目押しする。


「あの新型焼夷弾――あなたは〔ナパーム〕と呼んでいましたが――を開発してくるあたり、我々もあなたと同じようにゾンム側にも転生者がいるのではないかと考えています」


 師匠はミズキと数秒にらみ合い、演劇みたいに大げさな溜息を吐いた。


「……そこまでバレたらどうしようもない。お前さん、どうする気なんだ?」


 ミズキは微笑を崩さず、言った。


「どうもしません」


 皆不審に思ったようだが、あえて反論せず続きを促す。


「この件を知るのは、私と他に数名だけ。今回の事故であなたと会う事にならなければ接触は起きない筈でした」


 どうしたものかと途方に暮れる3人と、ホルスターから手を離さないリーム。

 あーもうと頭を掻いて、師匠が尋ねた。


「結局、お前さん何者なんだ?」

「ラドン騎士団特殊工作課所属、ミズキ・ヴァンスタイン。階級は中尉待遇ですね」


 ラドン騎士団とは、ガミノ神国の諜報機関だ。

 中堅国家でしかないガミノが生き残る為、莫大な予算が投入されると言う。ゾンム諜報部やダバートの日ノ出機関と並ぶ情報収集力を誇る。

 随分大物が出てきたのも驚きだが、涼しい顔で所属を告げる彼女も大概である。


 流石に余裕を失う師匠に、いつもの口調でからかってくる。


「あ、私はこう見えても荒事専門なので、美人局はやりませんよ? 何なら確かめて頂いても」

「……何を確かめるって言うんだよ」

「言わせる気ですか? ゾクゾクしますね」

「……もういい。続けてくれ」


 師匠はさらりと流したが、直感的に違和感と危機感を受けた。


 きっと彼女のようなタイプは、この手の冗談は言わない。本当に美人局をしないなら尚のことだ。

 もし嘘だとしても、師匠のような恋愛に朴訥なタイプには逆効果だろう。


(この人は、師匠に興味を持っている?)


 疑念を持って眺める沙織に、彼女はにっこり微笑みかけた。「お見通しですよ?」と言わんばかりだ。


「で、そのラドン騎士団さんが何の用かしら、そこの飛行機馬鹿を殺しに来たなら、作戦が済んでからにしてもらえる?」

「ひでえ!」


 師匠の抗議をまるっと無視し、目を細めて威嚇するリーム中尉。だがミズキは頭を振った。


「その気はありません。とりあえずは」

「それは何故?」

「私はラドン騎士団でも最小派閥の教皇派です。猊下には私を育ててくれた御恩がありますので」


 ミズキは戦意は無いとばかり両手を頭の後ろに持ってゆく。


 小型のナイフか拳銃くらいなら隠せるが、4人を相手にするのは難しいだろう。


「教皇は何を考えている?」

「第1にリィルお嬢様の安全、第2に戦争の早期終結と中枢に巣くう狂信者のパージです」


 大尉はにやりと笑って評した。


「ひとつ目とふたつ目が逆じゃないのが正直で良いな」


 どうやら彼は、この腹の座ったメイドを気に入ったらしい。リームが不満げにホルスターから手を放した。

 ミズキはそれらの反応に一切の表情を変えず、話を続ける。


「猊下が私に命じたのは、『ダバート国王に直談判する』と言う我儘にかこつけてお嬢様を国外へ脱出させることです」

「脱出? 何故だ?」

「猊下が戦争に消極的だからです。『同盟国ゾンムの意向を汲むのは仕方がない。だが積極的に戦線を拡大する必要は無い』と言うのが猊下の意向です。その為に猊下を退位させてお嬢様を担ぎ出そうとする勢力が居るのです。そのせいで、お嬢様と泣く泣く距離を取らざるを得ませんでした」


 出てきたのは、政治と言うより義理人情の話だった。だが皆はそっちの方がしっくり来た様子。


「それは分かった。では”お前の”やりたい事は何だ?」


 師匠の質問は、それなりに核心をついていたらしい。


「やはり、それを聞きますか。どうしても?」

「ああ、どうしてもだ」


 ミズキはしばし躊躇ためらってからもったいぶって告げた。


「猊下へ恩返しをする事、ですかね。お嬢様に関しては正直愛着は無かったのですが、猊下が悲しむので守りたいです」

「嘘だろ!?」


 師匠が即座に、というより反射的に返したが、それは皆も同じだろう。

 彼女に愛着が無いと言うなら、今までの行動はあまりにちぐはぐだ。


「まあ、そんなわけでお嬢様を助けねばなりませんが、どうせ脱出を説いても頑として受け付けないでしょう。そこで次善の策です」


 次善の策。正直何を吹っかけられるかわからない。だからと言って聞かないわけにはいかない。仕方なく菅野が促した。


「……聞こうか」

「私は、航空機の操縦経験があります。日本製の戦闘機も何度か乗った事がありますよ。空戦は模擬でしかやったことはありませんが」


 メイドの提案に、一同は顔を見合わせた。


「本当だな? 機種は?」

「そうですね。〔ハンマーヘッド〕を少々」


 〔ハンマーヘッド〕と聞いて、師匠は手を叩いた。

 それは二式戦闘機にしきせんとうき鍾馗しょうき〕にラナダ人が付けた渾名である。エンジンカウルから急激に絞られた胴体がハンマーヘッドシャークを連想させるのが理由である。

 重要なのは製造を行っているのが〔疾風はやて〕を開発した中島飛行機。設計者も同じ小山悌技師である。つまり、操縦系統が酷似しているのだ。


「私は反対よ。こいつは危険」


 リームが提案を却下すべきと主張する。

 沙織も心情的には同意したいが、酔っ払ったリィルを迎え入れたあの優しい目を思い出してしまう。


「私は、信じて良いと思います」

「何故だ?」


 と問う大尉に、明確な答えは返せなかった。


「……すみません。直感です」


 だが、師匠は沙織に同意してくれた。


「もし彼女が俺たちの裏をかくつもりなら、素性を明かすメリットが無いし、胡散臭い軽口も必要ない筈です。そもそもリィルの影に隠れて目立たないように振る舞うでしょう。とりあえずは信用して良いかと」


 菅野はしばし考えると、ドスの利いた声で迫った。


「……誓え」


 あまりの迫力に、びくっと体が震えた。師匠やリーム中尉ですら、何も言えず息をのんでいる。

 菅野大尉の口調は威圧そのものだった。そして、彼は「誓い」を要求する。


「リィル・ガミノを泣かせるような選択は、絶対しないと誓え」


 ミズキは少しだけ意外そうに菅野を見つめ、優雅に一礼した。


「お約束しましょう」


 それから、ミズキに〔疾風〕の操縦をレクチャーし、戦訓の周知と打ち合わせを行う。

 嵐の夜は過ぎて行った。

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