◆1st day
第29話「はじまりの爆撃」
”いよいよ戦いが近づいてくると、島全体が緊張感と圧迫感で溢れたような空気になりました。
この島がとても気に入ったから、何とかしたいと覚悟を新たにしましたね”
早瀬沙織のインタビューより
Starring:早瀬沙織
降臨暦944年3月10日
この日、嵐が明けたクーリル諸島に艦載機が飛来する。
暴風の後にやってきたのは、鉄量の嵐だった。
島民を防空壕へ退避させ、パイロットたちも壕に潜って頭上の戦闘機を見上げた。
「対空砲!
ヘルマン少佐の指示で2門の25mm
案の定爆弾をばらまかれ、砲手たちは持ち場を放棄して壕に飛び込む。
「いいぞ! 〔ヘルキャット〕じゃない! 〔コルセア〕だ!」
F-4U〔コルセア〕
空戦だけでなく爆撃までこなせる万能機だが、低空での戦いを著しく苦手とする弱点がある。そして今回の戦場は低空だ。
着陸や着艦が難しい機体に贈られる「殺人機」の名前を受けた飛行機だそうだが、ある程度の信頼性が確保されているらしい。その割に実戦投入はスムーズに行われた。前世との変わりように、やはり転生者の影が見え隠れすると師匠は語る。
それでも扱いの難しい高級機であることは変わるまい、と師匠は言った。
しかも潜水艦からの報告を信用するなら、敵空母は中型で飛行甲板は小さい。
堅実な設計の〔ヘルキャット〕と異なり、付け焼刃で運用すれば必ず無理が出る。ガミノ海軍の蓄積の浅さが付け入る隙である。
一方の〔ヘルキャット〕は対日本戦闘機に特化した〔ゼロ戦〕キラーで、巨体に反して優れた旋回性能を持つ。
今回の戦闘は狭い空間で入り乱れての戦闘が予測される。鈍足だが重防御で小回りの利く〔ヘルキャット〕よりも、低空域の旋回が下手な〔コルセア〕の方が御しやすい。
ただし、爆撃機としての性能は〔コルセア〕が勝る。航空隊が上手く抑え込まないと陸上部隊の方が大被害を受ける可能性がある。
〔コルセア〕は爆弾を投下し滑走路に並べられた
だが破壊された戦闘機は全て囮だ。作戦機と一緒に森に隠した予備機以外はすべてここで破壊させて、敵を油断させる。
傍らで「クソッ!」と言う悪態が聞こえて振り返ると、若い整備兵が悔しそうな顔で〔96艦戦〕を見つめていた。
今まで愛情をもってメンテナンスしてきた機体を、このような形で使われるのはどれだけの苦痛だろうか?
この話を整備兵達にした時、当然ながら反発が出た。
師匠はそれでも頭を下げて回りと謝罪して回った。
「人の幸せの為に生まれた飛行機を、人の命より優先させることはどうしてもできなかったんだ。俺の無力さを恨んでくれていい。だがどうか呑み込んで欲しい」
師匠が飛行機を語る時、独特なものの言い方をする。整備兵たちは大いに戸惑っていた。
結局取りなしてくれたのは、独飛からやってきた下士官たちだった。
「中尉ほど俺たちの事を考えてくれる
彼らがそう言ってくれたのには溜飲が下がった。実際、師匠ほど整備兵との意志疎通にこだわるパイロットはそう居ないだろうと思う。
去ってゆく〔コルセア〕を見送って、兵士たちが緩慢な動きで壕を出てゆく。
師匠は腕時計に目を落とし、はっきりと告げた。
「航続距離から考えて、上陸は明朝以降になるでしょう」
ヘルマン少佐は了解したと大声で返事をして、部下たちに檄を飛ばす。
「25mmは修理可能か?」
「1門は駄目ですが、こっちは行けそうです!」
「修理を急げ! 陸戦で使うぞ!」
ヘルマン少佐に急かされて、砲手たちがせっせと砲を取り外しにかかる。
25mm対空機銃に対戦車戦は無理だが、トラックやジープなどの車両には十分有効だ。ここで使い潰すつもりだった武器が再利用できたのは僥倖と言える。
整備科・工作科の要員と歩兵たちが穴だらけの飛行場を歩き、不発弾が無いか調べにかかる。
問題無いとの報告を受けて、島の男たちはシャベルやクワを持ってわらわらと飛行場に入ってゆく。
残念ながら、非戦闘員全員を安全な防空壕で待機させておくわけにはいかない。防衛戦は住民の労働力も重要なリソースなのである。
海岸線に隣接する森に設置した陣地でも、現在戦車や歩兵を隠蔽し砲撃から守る壕をせっせと掘って貰っている。
今のところ島民たちは協力的だが、初戦で躓けばそれもどうなるか怪しいと師匠は言っていた。
なお、女性や子供たちは基地の防空壕で避難させている。
これは2つの理由がある。
ひとつは、最も守らなければならない対象を一か所に集める事、もうひとつは「万が一の時」に彼女たちに自分の運命を決めてもらう為である。
自分が彼女たちの立場で、「万が一」になったらどうするだろうか?
「沙織!」
もう完全に聞き慣れた可愛らしい声がした。
煙が燻っている飛行場にリィル・ガミノが入ってきたので危ないですよと注意するが、彼女はお構いなしだ。
「今の爆撃で、島の子供たちが怯えています。なんとか励ましたいんです」
開口一番子供たちを心配するリィルに、呆れつつも笑みが漏れてしまう。
「いいぞ。大尉には言っておくから、沙織と2人で行ってこい」
「私もですか?」
この大変な時に良いのかと問いかける早瀬沙織に、師匠は問題ないと手をひらひらさせた。
「お前、この数日色々ありすぎてかなり気疲れしてるぞ。子供たちにピアノでも聞かせて緊張を解いてこい」
確かにこの基地にはピアノがある。
どこかの篤志家が島の小学校にピアノを寄付したので、古い方を基地に持ってきたそうだ。
音楽を嗜む兵隊が診療を受けに来る島民に聞かせたりしているらしい。
プレッシャーの中で、課せられた役目を果たそうとする。そんな師匠を置いてゆくのに後ろ髪は引かれた。とは言え、何かしらの不安がある状態で戦いに入ってミスをするわけにはいかない。そう思い直す。
「じゃあ、行きましょう」
リィルに呼び掛けると、彼女の顔がぱっと明るくなる。
随分懐かれたものだと思うが、そう言えば4歳しか違わないのだが。
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