第30話「歓びの唄」

”あの時はただ怖くて怖くて、大声を出して泣いていました。

そうしたら聖女様の歌が聞こえて来たんです”


島民のインタビューより




Starring:早瀬沙織


 診療所の待合室に集められた子供達の反応は、概ね3種類に分かれた。


 ひとつは状況が理解できず戸惑う者や、大人たちの反応から何か大変な事が起きたと怯える者。

 もうひとつはガミノ軍の蛮行を耳にしていて、これから自分の身に降りかかる災いに恐怖する者。


 最後は戦争と言う状況が今一つ理解できず、日常の退屈から解き放ってくれると期待する者。


 3番目は、爆撃ではらわたを切り裂かれた兵士が運ばれてくるとたちまち絶滅したが。


 プロの兵隊であっても、恐怖は電流のごとき速さで伝播する。

 ましてや年端もいかない少年少女が自制心を失うのも早かった。


 リィルと沙織が訪れたのは、そんな時だった。

 ふたりの姿を見ると、10歳くらいの少年が血を吐くように言った。


「どうせ俺たち、死ぬんだ」


 その声を呼び水に、一斉に泣き声が起こる。

 母親や祖父母たちは何とか宥めようと抱きしめ声をかけるが、絶叫は止まない。


「ど、どうしましょう。なんとか落ち着かせて……」


 おろおろするリィル・ガミノと違い、早瀬沙織の腰は据わっていた。


「無駄です。今は何を言っても聞きませんよ。まあ、見ていてください」


 そう言って待合室のピアノを開け、状態を確認し始める。


「調律はちゃんとしてありますね。流石です」


 一切動じない沙織は、不安そうに見つめるリィルを苦笑交じりに窘めた。


「あなたまでそんなんでどうするんです?」

「で、でも……」

「大丈夫ですから、リィルは発声練習でもしていてください。この騒ぎだと誰も聞いていないでしょうが」


 本当に大丈夫なのかと沙織と子供たちを交互に見る。しかしリィルの心配に反して、次第に鳴き声はすすり泣きに変わってゆく。


「泣くのって、それなりに体力がいるんですよ。さあ、歌いましょう。何の曲が良いですか?」


 リィルはこんな時誰かを励ます曲は無いかと思案する。

 ――あった。それもつい最近知った歌だ。


「『雨に唄えば』は弾けますか?」


 遠慮がちに尋ねると、沙織は微笑みと共にと一言告げた。


「良いセンスですね」


 そして鍵盤に手を添える。

 リィルは息を吸って、ゆっくり曲の中に入ってゆく。


 どんな雨でも、嵐でも、幸せは壊せない。


 来るなら来てみろ。


 そんな思いを込めて歌う。


 なんとかなる。なんとかなるんだ。


 ぽかんと2人を見ていた子供たち、いや大人たちも、2人の旋律に耳を傾ける。やがて思い出したように歌詞を呟きだした。

 曲を知らない者も、見よう見まねで声を張り上げる。

 待合室は大合唱で満たされた。

 何度も何度も歌って、気が付いたら皆笑っていた。


「皆さん。彼女たちは必ずガミノ軍を食い止めてくれます。だから、約束します。この島から雲が晴れたら、また皆で歌いましょう」


 熱気が残る声で励ますリィルに、誰かが「本当に?」と声を上げた。


「ええ、作戦を考えたのは私の師匠せんせいです。とっても頼りになる人ですから」

「それ、ねーちゃんの男?」


 マセた子供が意味も分からずそんな事を口にする。

 ゴシップに飢えているのか、周りの大人たちも興味深げに沙織を見つめてくる。


「師・匠・で・す!」


 頑なに否定する沙織が面白くて、つい茶々を入れてしまった。


まだ・・、そうですよね?」


 またもや頬っぺたを引っ張られてしまうが、同時にわっと笑い声が上がる。

 子供たちはいっそう彼女を質問攻めにし、大人たちはそれを窘めるが止めようとはしない。


「じゃあ、他に歌いたい曲はありますか?」


 投げやり気味に話題を逸らすと、次々と手が上がった。


「わたし、『虹の彼方に』がいい!」

「オレ、『加藤隼戦闘隊』!」


 次々と手を上げる子供たちに混じって、大人たちまで遠慮がちにリクエストを始める。


「『われは海の子』をお願いしたい」

「私はラナダ国歌を」


 先ほどの絶望が嘘のようだった。

 こんなに楽しく歌ったのはいつぶりだろう?


 子供たちは、歌を支えに耐え忍ぶ事になる。恐怖と忍耐の数日間を。

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