第31話「死戦の予兆」
”俺に対しての当てつけなんだ。猊下も司令部も、〔エセックス〕級を年寄りどもに使わせて、俺を無視して”
アンドレイ・ナイフの日記より
Starring:ジョセフ・ミラン
「航空機は全て破壊したのだな?」
「はい。駐機してあった機体は全て。反撃も至って軽微で、こちらもほとんどを潰しました。予定通りです」
「いや、不測の事態だ。敵が弱すぎて爆弾など無用だったからな。
得意げに報告を受けるアンドレイ・ナイフ中将だったが、参謀長の・ジョセフ・ミラン准将は座りの悪さを覚えていた。
「航空機は確かに駐機してあったのか?」
「はい。報告ではそうあります。分散配置はしていたようですが……」
確認を取るミランに、航空参謀は間違いないと頷く。
少々、出来過ぎてはいないか?
敵潜水艦からの電文は傍受している。
条約軍の暗号はまだ破られていないが、状況からこちらの存在を知らせるものとみてまず間違いない。つまり攻撃は予想されていたはずだ。
それなのに、虎の子の航空機を律義に飛行場に並べておくだろうか? たとえ旧式であるにしても。
少なくとも自分ならそうしない。敵艦隊の存在が明らかになった時点で何処かに隠してしまう。
もちろん、考え過ぎの可能性も大きい。大部隊の接近を知らされてパニックを起こしていれば、順当な対応などできないだろう。
これは勘の域に属するものではあるのだが……。
だからこそ、ミランは動いた。
「司令、再度の航空偵察を具申致します」
だが、ナイフ中将の返答は「必要ない」だった。
「燃料の無駄だ。敵艦隊の接近に備えて周囲を警戒しておく必要がある。余計な偵察は出来ん」
ナイフの言う事にも一理はある。
貧弱な防衛部隊に神経を尖らせるより、敵艦隊や潜水艦を十分に警戒すべきだ。
だが同時に思う。敵を舐め過ぎはしていないだろうか、と。
そもそも、今回の第3艦隊の編成も随分と偏ったものだ。
上陸支援に有効な戦艦は小型の〔アラスカ〕級しか持って来ていない。
小型戦艦と言えば聞こえはいいが、量産を意識した設計のせいで”戦艦のような巡洋艦”とでも言うべき艦になってしまっている。
もちろん通常の重巡洋艦では逆立ちしても勝てないが、本職の戦艦が出てくれば苦戦は必至。たとえそれが旧式艦であろうとも。
艦載機の選択も妥当とは言い難い。
スペックに幻惑されて新型の〔コルセア〕戦闘機と〔ヘルダイバー〕
ただでさえ開発時に事故が頻発した両機は、パイロットから大いに嫌われたいた。故に狭い〔ワスプ〕の飛行甲板でもトラブルが絶えない。
着艦用のワイヤーにフックを引っかけ損ねるミスは日常茶飯事。酷いものになると着艦時に〔コルセア〕の巨大なプロペラが甲板にぶつかってへし折れるという極めて危険な事故まで起こった。
その度に場当たり的な対策を打ってきたが、どうか大事故を起こしてくれるなよと祈るしかない。
より悪いのは、そこで予算が無くなって旧式の〔デバステイター〕
こんなものは戦闘機に狙われたらたちまちのうちに餌食になる。
装備を供給したゾンム帝国ですら、ガミノ海軍の言い草に閉口したと言うから余程のものだ。
流石に導入予定の〔エセックス〕級は巨大な船体を持っている。〔ワスプ〕で大型機を運用するような弊害は出なさそうではある。と言っても総力戦で苦しいゾンムが新型空母を売却してくれるなど、ただのリップサービスに過ぎないだろうと思う。
そんなありさまなのに、ナイフ中将は新型空母に偉くご執心のようだ。自分に使わせろと熱心にロビー活動を行っていると言うから、ご苦労な事だと思う。
なんにせよ、不合理な装備は全て硬直した官僚主義と権威主義の賜物である。
「それから、攻撃隊からの報告によると、上陸地点に船舶が乗り上げています」
「艦種は確認できたのかね?」
「いえ、船首が破損していて良く分からなかったそうですが、
なんだ、それは?
ざらざらとした嫌な感触が再び頭をもたげる。
後で分かった事だが、防衛側は戦車の存在を隠蔽する為、揚陸艦の船首を試し撃ちを兼ねて吹き飛ばしていた。
しかし結局攻撃後の再偵察は行われなかった為、この措置は無駄になったが。
攻撃隊が行った偵察では、サイズから「戦時標準船であると思われる」と言う報告が行われた。戦車揚陸艦が持つ観音開きの搬出口を確認できなかったのだ。
恐らく周囲を航行していた輸送船が、嵐で島に避難したのだろう。ナイフはそう結論を下す。
大型輸送船ならともかく、小型の戦時標準船ならば大勢に影響はない。仮に戦力を満載していたとしてもである。
そのはずだった。
確かにそうだ。違和感を感じたのが1つなら偶然の可能性はあるだろう。
だが、もしそれが2つなら……、「何らかの必然」を警告するものでは無いだろうか。
「航空偵察を今一度具申致します」
「しつこいぞ! さがっていろ! ミラン!」
その後も食い下がるミランだったが、不承不承提案を引っ込める。いつものヒステリーをぶつけられたのだ。
この時ナイフは
この瞬間、艦隊の運命は決まった。
クーリルの戦いは、上陸部隊と島に引きこもる防衛部隊が激突した戦いだった。
よって前例と言うものが一切なく、偵察を後回しにしたナイフの判断は一概に責められるものでは無い。……と言えなくもない。
だが、歴史家たちは口を揃えて語るのだ。
「もし、このとき十分な情報収集を行っていれば」と。
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