第6話「使命の為の出奔」

”自分が何とかしなければ、それだけを考えていました。

それが傲慢だと教えてくれたのが、あの島で出会った人たちです”


リィル・ガミノの回想録より




Starring:リィル・ガミノ


数時間前、公海上。


 緊張のあまり、輸送機から見える空を凝視する。考え事をしながら眺める雲は、何だか焼け焦げたような色をしていた。

 米国製の最新型輸送機は、10時間以上も飛行できる高性能機だ。かと言って乗っている人間は同じ姿勢を強いられることは変わりなく、それなりに疲労する。

 気を張りすぎた彼女はそれすら自覚できなかったが。


(待っててね、エーナ。今私が……)


 思考は目の前に差し出されたマグカップで中断された。


「疲れた時は甘い物を摂りましょう。それからここから先はラナダの勢力圏内です。……本当に宜しいのですか?」


 何度目かになる念押しに、リィル・ガミノは「構いません」とだけ答えた。

 メイドのミズキは、昔から自分に対して容赦がない。

 いつも彼女を苛立たせるのだが、頭の冷静な部分がイエスマンばかりを周囲に置くべきでないと、衝動にブレーキをかける。


 砂糖とミルクがたっぷり入った紅茶も、緊張で味は良く分からなかった。


「お疲れのようですな。少し椅子を立って背伸びした方が宜しいかと」


 副機長と交代のタイミングに様子を見に来たのだろう。壮年の機長が声をかけてきた。


「機長さん。お疲れ様です」


 彼はパイロットなのに右足にまひがあり、杖を突いて歩いている。

 大丈夫なのかミズキに問うたら、操縦時だけ身体魔法で右足に魔力を通して、むりやり足を動かすらしい。


「久しぶりの長距離飛行で、私も少し疲れました。どうです? レコードでもかけましょうか?」

「いえ、そんな場合では……」


 答えきるより早く、彼はレコードをセットしてしまう。

 流れてきたのは、陽気な曲だった。ガミノでよくある宗教音楽や童謡ではないのが、何だか懐かしい。

 

 悲しみよ来い。嵐も来い。幸せに変えてやるぞ。


 そんな前向きさがリィルの感性に良く合った。


「良い歌詞ですね。アメリカの歌でしょうか?」


 古代ライズ語に比べ拙い英語の知識だが、それでもシンプルな歌詞は良く分かる。


「ええ、娘の誕生日にと買ってきたものです。『雨に唄えば』と言うのですが、私もこの歌詞が気に入りまして、是非大きくなった時に聞かせてやりたいと」

「……ありがとうございます」


 機長の気遣いに、随分と勇気づけられている事に気付く。

 ガミノにとってアメリカは、兵器を買いこむだけあって友好国だ。だがそれすら「外国の退廃した音楽などけしからん!」などとわめきたてる人間は多く、特にここ数年はそう言った輩の声が大きくなりつつある。

 聖女であるとされるリィルも、竜神を称える歌以外は自粛せざるを得ない。

 おかげで、歌は大好きなのにすっかりこの分野に疎くなってしまった。


「機長、この歌、私も歌っても宜しいでしょうか?」


 御付きのメイドが「それは……」と窘めようとするが、ミズキが首を振って止めた。


「ええ、B面に共通語ライズ語の歌詞も入っています。私も歌いましょう」


 機長は破顔して、レコード針を初期位置に戻す。

 リィルは久しぶりに礼儀作法など忘れ、力いっぱい歌った。

 戸惑っていたメイドたちも、ミズキが率先して歌い出すとためらいがちに歌い始め、やがてそれは合唱になった。


 やがて、彼女にとってこの歌は人生の宝物となる。

 決別と懐かしさ、悔恨と生きる喜び。

 そして3日間の戦いと共に。




※『雨に唄えば』は1951年の映画ですが、テーマ曲は既に27年に発表されていたりします。

著作権はまだ切れていないようなので、気になった方は検索してみて下さい。本当にいい歌詞なんです。

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