第3話「独立試験飛行隊」
”当時から隼人さんは、後に言われるような聖人君子なんかではありませんでしたよ?
どちらかと言えば奇行癖があって、へんな
ただ、当時からすごく真摯な人でした。そこに惹かれる人はそれなりにいて、私もそんな一人でした”
早瀬沙織少尉のインタビューより
Starring:早瀬沙織
降臨暦944年3月 ラナダ共和国
危なげない動作で降り立つ12機の新鋭機を、整備兵たちは両手を振って出迎えた。
ライズ世界の北端、カーラム大陸。
ここではラナダ共和国とガミノ神国が、それぞれ条約国側と連盟国側に分かれて激戦を繰り広げていた。
熟練パイロットとして各国から集められた彼らは、条約軍の精鋭として新型機の習熟のためにこの地に訪れている。
部隊名は『独立試験飛行隊』。通称”
名目上の所属こそ条約国の盟主ダバート王国海軍だが、その構成員の半数は地球、特に大日本帝国からの義勇兵だ。
残る半数は、条約各国の軍から引き抜かれた精鋭からなる。自分もその1人に入るらしい。
海軍と言うのも書類上の区分で、結成当初は混乱が絶えなかった。文化の違う陸軍や空軍の腕利きまでもかき集めて作られた部隊であるためだ。
連盟軍が次々繰り出す新型戦闘機に押され気味な条約軍は、一刻も早い新型機の実戦投入を欲していた。
大日本帝国はそれに応え、空軍用の〔
条約軍は多数製造した試作機で構成された精鋭部隊を実戦投入し、最適な戦術の考案、初期不良の解消、改良点の洗い出しなどをまとめて行う方策を打ち出した。
所属が海軍なのは、空軍との間に下らない主導権争いが起こった結果だ。空軍からの出向組は役職や用語などを海軍式に統一するのは大いに骨が折れた。
それでも、いざ戦場を前にするとチームになってしまうのは、流石熟練パイロット達と言える。
戦果に狂喜して飛び出してきた司令と部下のパイロットたちは、それ以外に目もくれないかのようだ。
一方でそれを遠巻きに眺める小隊長の
「
素早く主翼に足をかけて飛行場に飛び降りる。
外した飛行帽の中から流れ出た黒髪が、滑走路を舞った。
「おう、お疲れ!」
師匠――南部隼人は自分に手を振って見せた。自分が蚊帳の外に置かれているのを気にも留めず。
「1機撃墜、おめでとうございます!」
大声で言ってみるが、戻ってきた反応は薄かった。
「ああ、あれは落ちたかどうかわからんから、撃破だな」
彼を慕う者や仲の良い者達も、気を使って菅野を囲む輪に加わっているか、それぞれの職務に専念している。戦果を祝福しても反応が薄い事を知っているからだ。
沙織は敬愛する師がそんな扱いなのが気に食わないし、彼自身がそこに疑問を抱かないのも納得がいっていない。
「撃墜」とは、敵機を墜落に至らしめる事を言う。損傷を与えて戦線離脱させただけなら「撃破」だ。
しかし、撃墜だと主張しても誰も文句は言わない筈である。目撃した敵機はかなりの損傷を受けていたのだから。
不満そうな顔を見た師匠が、念押ししてくる。
「前にも言ったよな? 戦果を過大評価する事と、過小評価する事。どちらも駄目だが、過小評価の方がまだマシだよ」
彼は時折自分に対する過度な厳格さを見せる。
自分はそれを偏屈とは感じないが、何がそうさせるのかと不思議に思いもする。
「そうやって気取っているから操縦技術が向上せんのだ。師匠気取りで他人に口出すより、する事があるだろう?」
ふと背後から声がする。2人に割り込むように入ってきたのは、菅野の
彼は言うだけ言うと、背中を向けて行ってしまう。
「何ですか! あの言い方!」
言い返してやろうと大股で追いかける沙織の進路を、師匠が塞いだ。
「気にするな。近いうちに腹を割って話してみるさ」
彼が口にしたのは、グレッグが感じているわだかまりをどうするかの話である。先ほどの憎まれ口に対しては一切のコメントは無かった。
「私は、師匠の凄さをもっと知ってもらいたいだけですっ」
沙織が頑固に主張しても、
「俺ってそんな凄いやつだったか?」
自覚のない師匠は、とぼけた口調で暖簾に腕押しだ。
苛立ちを上手く言葉にできなくて、結局反論は出てこなかった。
「そんなことよりさぁ、今日の〔ムスタング〕のカラーリングが変更されてたな。ジュラルミン剥き出しじゃなくて、グレーカラーもまた美しいなぁ。鹵獲したら是非間近で愛でたいものだ」
「師匠がそんなだから舐められるんですっ!」
にやにやと笑う師匠の頭では、既に〔ムスタング〕が目の前にあるらしい。もやもやとした気持ちがつのる。
南部隼人と言う男、教育者としては最適な理論派だが、飛行機が絡むとタガが外れる悪癖があった。
だから皆に変人と侮られる。
沙織はただ、自分にとっての宝物が価値のあるものだと皆に知って欲しいだけ。それが我儘だとは分かっているけれど。
「俺は飛行機好きの凡人だし、それで良いと思ってる。いつも言ってるだろ?」
「『技術だけを頼みにする天才は、なりふり構わない凡才に負ける』ですね!」
待ってましたとばかり、それに続く言葉を諳んじる。もう何回も声に出して繰り返した、大切な言葉。
「それは何度も自分に言い聞かせてますが、今はその話じゃなくてですね……」
話題の軌道修正を試みるが、やはり効果が無い。彼は笑って話を流してしまった。
「あと、『師匠』って呼ぶのは他に人が居ないときだけな。俺、けっこう肩身が狭いのよ?」
冗談めかして言うが、確かに分隊での師匠は決して高評価されてはいない。
魔法は数秒しか使えず、操縦技術も平均並み。「何であんなのが
彼女をなだめつつも、先着した隊長機を見やる。
菅野直大尉は、独飛の第二
南部隼人は4機1個
菅野は地球の大日本帝国海軍士官。
師匠は日系ライズ人のダバート王国空軍士官。
士官学校の卒業年は菅野が1年上だが、2年前のクロア内戦に義勇兵として参戦した師匠の方が、実戦経験は上。
だが、師匠には華があると言い難い。才能と闘志の塊である菅野に比べ、彼は何事もコツコツと積み上げるタイプだ。
「歴戦の勇士なら何機撃墜したんだ?」
そう尋ねられても建前を貫いて答えない。
「撃墜数は部隊のものなので、個人で誇りはしませんよ」
答える彼の笑顔からは、自尊心だの自負だのは程遠い。
おかげで周囲は侮る。
「あいつは大して墜としていない」
と。
中には、「弟子扱いしている沙織に追い抜かれたことを誤魔化すために、自分のスコアを隠している」と噂する者までいる。
一方の菅野は、カーラム戦線に配属されるとたちまちのうちに頭角を現し、勇猛果敢な戦いぶりに連盟軍から「イエローファイター」の呼び名で畏れられるようになった。
直上から急降下で爆撃機に攻撃をかけ、自分に向かって突っ込んでくる主翼をすり抜けて離脱。……などといった無茶な戦いは、独飛全体でも真似のできるパイロットは両手の指に収まるだろう。
決定的なのは、ガミノ空軍機に狙われていた旅客機を単機で救出したことだ。
そこに乗っていたのがラナダ共和国の首相夫人と娘だったことで、一躍時の人となる。
実のところ天性の勘で飛ぶ沙織は、スタイルとしては菅野に近い。
素地が無いために理詰めで戦う師とは大きな隔たりがある。
だからこそ学ぶことも多いし、憧れるのだ。
「師……中尉はそれで良いんですか?」
「その辺は、俺、割り切ってるから」
「私は納得いきませんっ!」
師匠は肩をすくめると、自称一番弟子に語り掛けてきた。
「まあ落ち着け沙織。俺の弟子を自認するなら憶えておけ。俺は、天才に
「……それはわかってますが」
沙織は、不満そうに肩を怒らせ納得しかねる態度を表現する。はっきりとは言わないが、師匠はどうしても戦いたい戦闘機乗りが連盟軍にいるらしい。それこそが、彼が目指す”天才”。
「そいつが感覚で分からないなら、『まだまだだな少尉』」
「何ですかそれ!?」
子供っぽく拗ねて見せる沙織をよそに、師匠はすうっと息を吸い……。そして愛機を眺める。
敬愛する師は日本戦闘機特有の優美さと、重戦闘機の力強さを併せ持ったフォルムを眩しそうに見つめていた。
沙織は、戦闘機ではなく彼の横顔の方を凝視していることに気付く。居心地が悪くて、不自然に咳払いした。
この時、師が何を考えていたか。沙織は想像する事すらしなかった。
「まあいいです。ところでマフラーが汚れてますよ? 私が洗濯させておきます」
師匠に伸ばした手は、後ずさりで交わされた。追撃するべくにじり寄る。
「いや、こんなもん自分で……」
手を胸の前で振ってノーサンキューされるが、師匠にそんな事はさせられない。ここは弟子の自分が何としてもやらねばならない。
「わ・た・し・が・洗濯させておきますっ!」
妙な雰囲気に気圧されてか、恐る恐るマフラーを差し出す。
飛行機乗りにとってのマフラーは、防寒用の他に止血やタオルの代わりに使える万能布だ。清潔に保つに越したことはない。ないのだが……。
「ありがとうございます。うへへ」
「……あの? 沙織さん?」
怪訝そうに愛弟子を見つめる師匠に、沙織はマフラーを後ろ手に隠す。
せっかくの
「さあ、会議を済ませて休息を取ろう。明日は
飛行後は会議を行い、戦訓の取りまとめや不具合や改良点の洗い出しを行わなければならない。運用上のノウハウ無しに、新型機だけ現場に寄こしても、その威力は発揮されない。
「それはいいですけど、また休息を削って格納庫へ入り浸らないでくださいね」
「いや、それが俺の休息だし……」
肩をほぐしながらブリーフィングルームに向かう彼を、沙織は追いかける。マフラーを大切に抱えながら。
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