第49話「鋼翼の7人」

”そして隼は飛び立った。

運命の地、セーントへ向けて”


コンラート・アウデンリート著『蒼空の隼』より




 たった7機の戦闘機が、1個艦隊相手にクーリル諸島を守り抜いた。驚くべきニュースは、条約国の人々から銃後の重苦しさを忘れさせた。

 それが一時的なものであったとしても。


 報道では連日彼らの戦歴や生い立ちが紹介され、〔疾風はやて〕〔紫電改しでんかい〔FW-190J9〕ジェイナインと言った新鋭機の解説記事も紙面を飾る。

 一時は彼らを本国に呼び戻して勲章を、と言う話まで出た。これはある事件により戦後に持ち越されることになるのだが。


 リィル・ガミノは「7人の騎士が守った姫君」と言う扱いを受け、「ガミノは君側の奸によって壟断されている」と言うプロパガンダを広げたい条約国もこれを後押しした。

 彼女は大いに戸惑ったが、やるべきことは変わらない。ダバート王国、及び地球各国への遊学を希望した。


「また会いましょう。あの苦難を乗り越えた私たちです。きっと竜神様が縁を結んでくださっているのです」


 迎えの輸送機の前で、彼女は再会を誓う。

 半泣きの早瀬沙織はもう何度目か分からない抱擁を行い、他の者たちとも何度も何度も握手を交わした。


「南部中尉。私たちがいま生きているのはあなたのおかげです」

「いや、皆のおかげだよ。皆の中にはリィルも含まれるぞ?」


 彼女は涙ぐんで「はい!」と元気よく返事をした。


「菅野大尉。私、待ってますから」

「なっ、お前何を言って……」


 余りにも大胆な言葉に、菅野なおしは大いに狼狽した様子。


「やっぱりそう言う事ですか」


 ニヤニヤ笑いを浮かべるのは南部隼人とグレッグ・ニールだ。

 が、そんな色っぽい話ではなかったようで。


「何って、決まってますよ。大尉の作品が有名になって出版されることです。私、買いに行くのを楽しみにしてます!」

「……紛らわしい言い方をするな」


 頭を抱える菅野に懲りずに聞いてみた。


「ひょっとして、ガッカリしてます?」

「……上官をからかうとは良い度胸だ」


 早速の鉄拳を頂戴するが、本望である。


「文学ってのはそんな甘いものじゃないんだが、そこまで期待されたら頑張らない訳にはいかんな」

「はい! それから……お手紙出します! お返事待ってます!」


 リィルは言うだけ言って輸送機に駆けこんでしまう。

 菅野は今度こそ言葉を失った。


「大尉は男女の機微を心得ている女性には積極的なのに。何と言うか、ああいうタイプには弱かったんですね」


 声も出ない菅野を、グレッグまでもが感慨深く評した。そこに悪意はなかったのだが……。


「貴様まで修正を食らいたいのか?」


 押し殺した声で言われ、お口チャックした。


 だが、この時の菅野にはまだ余裕があったのだ。

 箱舟戦争終結後、式典で再会した17歳のリィルは、美しい少女に成長していた。

 そしてそんな彼女の敢闘精神に、さしもの”デストロイヤー”もたじたじになる事になる。




 菅野直は今回の功績で更なる昇進を遂げ、独飛の飛行隊長となった。

 前ほどは飛行機を壊さなくなり、無謀な戦いも控えるようになったが、敵を猛追する闘志は終戦まで衰えなかった。


 現場を退いた後、彼は教官として後進の育成に当たっていたが、あるニュースが報道される。

 当時文壇に登場した新進気鋭の作家が、英雄菅野直ではないかと雑誌がすっぱ抜いたのだ。コメントを求められた彼は、しぶしぶこれを認める。

 おかげで普段小説を読まない者までが書店に殺到し、彼は三度時の人になる。


 彼はもう隠す必要が無いのならと開き直り、奥方・・の勧めで自身の体験をもとにした作品も手掛け始める。

 クーリルの戦いを描いた『海鳥たちの砦』もその中のひとつだった。


 やがて、『鋼翼の7人』と言うタイトルで映画化もされたのだが、菅野や残りの6人は「ワルゲス中佐が抜けている。自分たちは8人だ」とこのタイトルには不満だったと言う。




 グレッグ中尉は菅野の昇進で空席になった第二分隊長を拝命し、終戦まで戦い抜いた。

 クーリルより帰隊後は人が変わったように冷静な指揮を行うようになり、菅野の突進を諫める場面も多くなった。教科書通りの丁寧な操縦は、新たに配属されてきた者たちの規範となり、多くの優秀なパイロットを育て上げた。

 隊員たちの評価は「菅野隊長の方が巧いが、グレッグ分隊長の方が”上手い”」であったと言う。

 彼の望み通り、報奨金と昇給による仕送りで家族の生活は改善したそうだ。幼い弟妹を大学まで出してやれた事を終生の自慢としていた。




 サミュエル・ジード少佐の消息は、はっきりしていない。

 終戦後の祖国で家族の墓所を守ってひっそり暮らしたとか、名前を変えてダバート空軍のアドバイザーとして辣腕を振るったとか、さまざまな説がある。

 もっとも支持されている説は、グレッグ・ニールの故郷にひょっこりやってきた老人が彼だと言うのだ。漁船や機械の修理を生業にしながら、子供たちに読み書きや魔法を教えていた彼は右足が悪く杖をついていた。

 グレッグは帰郷すると必ず彼と差しで飲み交わしていたと言うから、おそらくそう言う事なのだろう。




 ワルゲス・ゾンバルト中佐は、最も予想外なその後を送ったと言える。


 帰還後貰った休暇を家族と共に過ごした彼は、条約国の財政改革を訴えるレポートを書き上げる。

 受け取った隼人は分量の多さに苦笑しつつ、約束通り『私のもっとも尊敬する人物の提案書です。必ず条約国の未来を救うものになるでしょう』と歯の浮くような一文を添えてエルヴィラへ転送した。


 その時は、命の恩人の為に泥をひっ被るくらいのつもりでいたのだが……。


 後日、叱責を覚悟して御機嫌伺にやってきた隼人に向けて、彼女は言った。


「見え透いた美辞麗句で持ち上げてくるのは気に食わないが、論文自体は素晴らしい出来だった。早速賢竜けんりゅう会議への招聘しょうへいを検討したい。いい人材を見つけてくれた」


 安心するより何かの罠かと訝しんだ隼人である。


 実は本当に優秀だった事が判明したワルゲスだったが、ラナダ共和国の財務官僚に転身した。軍の階級こそ中佐止まりだったが、戦後財政健全化を牽引し、同国首相にまで上り詰める事になる。


 娘たちからは相変わらず煙たがられていたようだが、思春期が過ぎるとそれも鳴りを潜め、『鋼翼の7人』の試写会には一家で招待された。

 クライマックスでの〔96艦戦きゅーろくかんせん〕の活躍に「じぃじ、カッコよかった!」と孫に言われて男泣きを始めてしまい、鑑賞後のインタビュー会場が騒然とすると言う事故も起こった。




 早瀬沙織、リーム・ガトロン、ミズキ・ヴァンスタイン。そして南部隼人らのその後は、ここでは記さない。

 箱舟戦争は佳境に入りつつあり、彼らには新たな戦いが待っていたからだ。


 それを語る前に、南部隼人の軌跡を語らねばならない。


 彼の戦いは、クーリルの戦いからさかのぼる事6年。ダバート王国王立士官学校から始まる。




第2部「雛鳥たちの航跡雲」へ続く

https://kakuyomu.jp/works/16817330659132038138

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