第25話「希望への脱出口」

"歴代の治癒魔法を使えない聖女は、ガミノではそれなりに肩身の狭い思いをしたそうです。

クーリルの戦い以来、ラナダでは氷魔法を福音として尊重するようになったのと好対照ですね"


ある民俗学者の解説より




Starring:リィル・ガミノ


 会議室に主要メンバーを集めたリィル・ガミノは、島の地図を広げさせ、ある一点を指さした。全員が彼女の指先を追って、身を乗り出す。


「島の人たちに、聞いたんです」


 指の先には1つの離島があった。


「ここは昔からテーブル島と呼ばれて漁船の休憩場所に使われていました。何もない島ですが平坦です。ここならば戦いを終えた後着陸する事も可能ではないでしょうか?」


 ヘルマン・ダマリオ少佐がにわかに喜色を浮かべて南部隼人中尉を見やるが、彼は素早く縮尺を測り、そして首を振った。


「この島の長辺は70mってところです。〔ゼロ戦〕なら条件次第で行けるかも知れませんが、他の機体は難しい。特に重量級の〔Fw-190〕フォッケウルフはまず無理ですね」


 新型機の離着陸距離は未知数だ。一応はメーカーが計測したデータがあるが、風向きや滑走路の状態でがらりと変わる。戦訓の蓄積が少ない状態で、しかも戦闘後に強行するのは極めてハイリスクだ。


 着水して低体温症と戦うのと、ぶっつけ本番でろくに整備されていない飛行場に降りるか。どちらが嫌かと問われたらどちらも嫌だが、まだ前者の方が現実味がある。そう中尉は話す。

 リィルは少しだけ躊躇したように、深呼吸する。


「それなんですが……」


 意を決して右手を差し出した。

 彼女の掌から生まれた氷が、ぽろぽろと卓上に落ちた。


「私は甲級の氷魔法が使えます。テーブル島に氷で滑走路を作ります。聖都から持ってきた魔晶石を全部使えば、もっと延長できるはずです」


 甲級魔法は、最高の力を持った魔法使いだ。例外は特級と呼ばれる伝説クラスの人外くらいのものだろう。魔力を蓄えた魔晶石を使うとはいえ、その力はすさまじいと言えた。100mもの氷の塊を出してしまえると言うのだから。


「無理ね。カーラムでは氷上の滑走路なんて良く使われるけど、着陸距離が3割増しになる。4トン以上ある〔Fw-190〕が無事着陸できるとは思えないわ」


 リーム・ガトロンの反論に、リィルは唇を噛む。

 またか。また届かないのか……。


「リィルには悪いが、やはり着水する方がまだリスクが少ない様に思える」


 締めくくる菅野なおし大尉も、無念そうだったが。

 それでも不確実な作戦を採用できない気持ちは痛いほどわかる。

 

 南部中尉は、未だ何か方法があるはずと頭を回転させている様だが、妙案は出ないようだ。

 リィルは、唇を噛み……。


「……お時間を取らせてすみませんでした」


 消え入りそうな声で謝罪した時だった。


「待ってください! この案はまだ検討の余地があります!」


 立ち上がって断言したのは早瀬沙織だ。

 友人の援護射撃に一瞬喜んでしまうが、期待はすぐ不安に変わる。


 本当に解決策などあるのだろうか?

 もし沙織が自分に気を使った結果立場が悪くなったら、自分はまた後悔する。


「適当こいてんじゃないわよ。どうやって着陸距離を縮めるって言うの?」

「私は甲級の風魔法使いですよ? 機体を向かい風で減速させれば、着陸距離を大幅に減らせます」


 南部中尉が「そうか!」と手を叩き、菅野大尉の表情にも希望が宿る。


「無茶苦茶よ! そんな器用な芸当が出来る魔法使いなんて聞いたことないわ!」


 あくまで懐疑的なリームに、沙織は胸を張って言った。


「私は良くやっている・・・・・・・事です。7人分……いえ、〔ゼロ戦〕を抜いたら6機ですね。その位なら何とかなると思います」

「そんな事出来るわけが……」

「いや、事実だ」


 話を引き継いだ南部中尉が太鼓判を押す。 


「早瀬少尉の風魔法は威力も凄いが、コントロールも神がかっている。決して分の悪い賭けじゃない」

「あんたの見立てが正しければの話でしょう? 〔Fw-190〕の重量を風魔法だけで支えるなんて、狂気の沙汰だわ!」

「確かに、もう一工夫必要だな……」


 まだあきらめていないらしい。南部中尉は物資のリストや地図と睨めっこして、アイデアをひり出そうと苦心している。


「……砂袋」


 グレッグ・ニール中尉が何かつぶやいた。一同の視線が集中する。


「ワイヤーでも縄でもいい。砂袋を両端に結んで、着艦フックに引っ掛ける。専用のアレスティング・ワイヤー着艦用ワイヤーじゃないから、それだけで着陸は無理だろう。それでも着陸距離を縮めることくらいは出来るんじゃないだろうか?」


 沈黙の後、南部中尉がパンっと膝を叩く音が聞こえた。


「流石海軍士官です! 〔紫電改しでんかい〕は艦載型への改造が想定されてますから着艦フックの取り付けは容易です。問題の〔Fw-190〕も、機体が頑丈だから何とかなるでしょう」

「だが、肝心の着艦フックはどうするんだね?」


 当然のごとく出てきた疑問を、南部中尉は一笑に付した。


「基地には〔96艦戦きゅーろくせん〕があるでしょう? どうせ囮にする機体です。フックだけ取り外して、こちらに移植してしまいましょう。グレッグ中尉、恩に着ます」


 素直に感謝を向けられて、グレッグは渋い顔で礼を受けた。

 リィルもぺこりと頭を下げる。


「ちょっと、何滅茶苦茶言ってるのよ!?」


 食い下がるリームだが、南部中尉は土下座せんばかりに頭を下げ、退路を断ってゆく。


「ブリディス空軍随一のフォッケ乗りと見込んで頼む! お前にしかできない事なんだ!」


 酷くずるい言い方に感じた。

 案の定リームは苛立たし気に眉間にしわを寄せ、やがて大げさにため息を吐いて見せた。


「分かったわよ! この貸しは高くつくわよ! ほんッとにあんたといるとこんなのばっか!」


 ぷんすかと悪態はついているものの、その割に彼女の目は不敵に笑っているように思えた。さすが一級のファイターパイロットだ。


「ありがとう。後は大尉の方針ですが……」


 一同の視線が菅野に集中する。

 彼は、一瞬だけ苦笑のような喜色のような何とも言えない表情を浮かべるとと静かに告げた。


「賭けてみても良いと思います。どの道着水でもリスクは背負うのです。ならば機体を無事に持ち帰れる方を選ぶべきでしょう。それでいいですかね? 中佐」


 急に話を振られたワルゲス中佐は珍しく即断したが、その判断基準はやはり財布の問題だった。


「新型機を持ち帰れるならその方が良い。ただし、作戦が失敗して島が失陥した時には海中に投棄せねばならんぞ」

「心得ております」


 今度こそ行けるぞと会議室は色めき立つ。最後に、菅野大尉は深々と礼をした。


「そういう事だ。お願いできますか? ガミノ嬢」

「ええ、お任せを」


 リィルは力強く頷く。

 沙織に向けて小さく頭を下げると、彼女はリィルに向けてウィンクして見せた。


 不覚にも、また涙腺が緩んでしまった。

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