第26話「転生者カミングアウト」
”正直なところ、自分の素性を打ち明けるのは大変な勇気がいる。
それは私の弱さから来るものだが、受け入れてくれた人たちには感謝しかない”
南部隼人の手記より
Starring:南部隼人
休憩中の沙織を訪ねた時、彼女は何か布のようなものを後ろ手に隠した。
「ええと、これは……そう、
マフラーを持った手をぶんぶん振り回すさまは、不審者そのものである。
「繕ってた? 別にどこも破れてなかったが……」
怪訝そうな目を向けてしまうが、彼女は構う様子はなく。
「いいえ! もうビリビリでした」
「じゃあ、新しいのを支給してもらうから捨て……」
「いいえ! ちゃんと繕いますので!」
そう言って沙織はマフラーを懐に突っ込んだ。絶対返しませんよとばかり。
この弟子は時々奇行に走る。この上なく、と言うか自分よりも優秀なのだが。奇行については自分が言えたことでもないので触れないでおく。
「まあいい。とても大事な話があるから、ちょっと来てもらえるか?」
「こっ、こんな時にですか!?」
そう伝えた時、彼女は何故か意味不明の質問を返してきた。
妙に狼狽えているようだから、色々無理をさせてしまっていると反省する。
「こんな時だからだ。是非伝えておきたい」
「分かりました! 覚悟を決めます!」
まだ話してもいないのに、何の覚悟なのだろうと思う。
だが確かに覚悟を必要とする類の話だ。敢えて何も言わずに彼女を会議室に連れて行く。
「あー、はい。やっぱりそういう事ですか。期待した私がアレでした」
会議室で待っていた菅野とリームを見た時、沙織は何故か肩を落とした。
「そうですね。師匠はそう言う人でした」
何の事だろうと首をかしげる隼人に菅野は苦笑を送り、リームは不機嫌を隠さずに話を急かした。
「で、何の用?」
隼人としては彼女の塩対応は慣れっこだ。
何事も無かったかのように本題を切り出す。
「忙しいところすみません。ですが、出撃前に話しておきたいんです。俺の素性を」
「素性? あんた、まだなんかあるの?」
聞き返すリームの表情はどうにも胡散臭げだ。
それでも隼人は言葉を続ける。
「これからお話しする事は、他言無用でお願いします。そうでないと冗談ではなく命の保証は出来ません」
いつになく話が大げさだが、全員が大した衝撃を受けなかった。
自分たちの命はどのみちガミノ艦隊に脅かされているのだ。
「つまらん脅しは止せ。他言するかどうかはまず話を聞いて判断する。貴様がわざわざここに呼んだのは、俺たちをその程度には信用しているからだろう?」
菅野の言葉に沙織は力強く頷いた。リームは相変わらずそっけない様子で続く。
隼人はそれを確認すると、一呼吸おいてゆっくりと語りだす。
「昭和20年8月1日、午前10時15分」
「何だ? その日付は?」
出てきたのは、ライズで使われる降臨暦ではなく日本の年号だった。
隼人はすっと息を吸い、覚悟を決めたように決定的な一言を口にした。
「
息をのむ沙織と対照的に、予想通り菅野の顔には驚きの色は見られない。
菅野にしても、ちょっと前までの彼ならば「ふざけたことを言うな」くらいは返しただろう。が、今はある程度の信頼関係が出来ている。隼人の言葉に何らかの意図を感じたようだ。
「……続きを聞こうか」
「ええ、俺はこことは別の地球の、令和と言う時代の記憶を持っています。そこでは欧州大戦に続く2回目の世界大戦が行われ、大尉が戦死された2週間後に日本は敗北。それまでに100万単位の犠牲者を生みます。俺はその60年くらい後に生まれて、菅野直の生きざまに憧れて、公開されていた日記も読みました」
沙織は戸惑った様子で隼人の顔色を窺い、菅野は答えを保留して同じく隼人の目をじっと見つめる。
リームだけはやっと得心がいったと言うかのように聞き返してきた。
「なるほどね。それで? あんたの前世とやらで私はどうなったの? 当然一角の人物になっているのよね?」
「随分あっさりと信じてくれんだな」
「あんたはその手の嘘はつかないし、さっきの話は日ごろの言動と妙に一致するのよ。それより、質問に答えて頂戴?」
隼人は嬉しそうに礼を言い、そして答えた。
「分からん」
からかわれたと思ったリームは肩を怒らせるが、別に意地悪がしたかったわけではない。
「ふざけてるの?」
「そうじゃない。あっちの日本はライズと繋がっていないんだ。だから異世界貿易も出来なくてずっと貧乏で、そのせいで負けた。俺の生まれた時代は戦前の軍隊は否定すべき存在とされて、ちょっとでも褒めると狂信者扱いされる」
「なんとも偏った話ね」
「それでも、飛行機乗りに憧れちゃったわけでして。で、必死こいて勉強して防衛大学――士官学校みたいなものですが――に受かったところで、末期がんが見つかり」
「それで、こっちに来たってわけか」
顎に手を当てて思案顔の菅野に、隼人は「はい」と頷く。
「前世を思い出したのは10歳の時でした。その時、竜神の言葉を受けたんです。『どうか、この世界を破滅より救って欲しい』と」
「破滅……ですか?」
沙織は完全に提示された情報を消化できていない。それもそうである。目の前のガミノ艦隊だけでも目いっぱいなのに、こんな大それた話を持ち込まれたら。誰でもそうなる。
「俺が大人になった時に訪れると言っていました。俺自身に破滅を食い止める力は無いそうですが、それが出来る者を死の淵から救えば、彼らが破滅を食い止めてくれると」
「……それはそれは。ガミノ派の竜神教徒が聞いたら、それだけで命を狙われるわよ?」
茶化すようなリームの言葉だが、彼女の表情は真面目そのものだ。
ブリディス人の彼女は、鍛冶神ユニを信仰している。ガミノ派の人間が異端や異教徒に何をするか。それをより切実な問題として捉えているのだろう。
「じゃあ、これから話すのはもっとやばいな。俺のもうひとつ前の前世は、竜神に魔法の手ほどきを受けた『鍵の民』なんだ」
「……あんた、本当に頭を打ったんじゃないでしょうね?」
「だったらどれだけ良かったか」
方舟に乗って聖都ガミノに降臨した竜神が、最初に魔法や技術を教え込んだ200人の弟子たちがいた。それが鍵の民だ。
そのうち特に功績を残した10人は「十賢者」として信仰されているが、残りの者たちは名前すら伝わっていないのがほとんどだ。隼人はその末席だった。
「生憎と魔法の素養は無かったんですが、ワイバーンの世話とか、やがて生まれる飛行機械の仕組みとか、色々教えてもらいましたよ。その時も早死にしましたけどね。竜神は、その時の付き合いから俺をもう一度ライズに送り込んだと言ってました」
ただ非常に厄介なことではあるが、全部憶えているわけでは無い
「まあ、鍵の民としての記憶はかなりぼやけています。いずれ戻るかとは言われましたが……」
あっけらかんと語る隼人に、リームはやれやれと肩をすくめた。おそらくそれは「とりあえず信用する」のサインだろうと、轡を並べて戦った経験が言っていた。
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