第11話「兄貴のような上官」【挿絵】

”私には年上のきょうだいなんていなかったから、菅野さんに怒られたり庇って貰ったりするうちに「兄貴が居たらこんな感じかな?」と思うようになりました。

私がそんな事を考えていたと本人が聞いたら、「気色悪い」って言いそうですが(笑)”


南部隼人のインタビューより



Starring:南部隼人


「あああ! やっちまったぁ!」


 一方の南部隼人は、こちらはこちらで後悔の極地に居た。

 クールダウンした頭で事の顛末を振り返り、やらかした行為の重さを今更ながら自覚していた。


「なあ、やっぱり失敗だったよなぁ。大尉になんて謝ろう」


 〔疾風はやて〕のエンジンカウルエンジンの覆いに手を伸ばし、ぶつぶつと愛機に話しかける。


※挿絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/hagiwara-royal/news/16817139555210870884


 不用意な行動の反省まで格納庫で行うのだから、飛行機馬鹿ここに極まりである。


 基地の整備兵達が「なんだこいつ?」と言う顔をしているが、「南部中尉はあれで良い・・・・・んだ。仕事に戻れ」と追い立てられてゆく。菅野たちの受け入れの為に先んじて独飛から派遣されて来ていた下士官たちは、隼人の気性も良くわかっている。現地の人間は釈然としない様子で去ってゆく。


 人間なかなか突っ張って生きることは出来ないものである。

 散々場を引っ掻き回した挙句、事態の収拾を丸投げしてきた上官への申し訳なさで頭を抱えた。


 暴言を吐いたガミノの聖女には、まだもやもやした思いは残ってはいる。だからと言ってあそこで声を荒げるのは大人の対応では無い。

 言い返すにしても、あそこで逃げるべきでは無かった。いっそ全部吐き出して、罰を受けた方がまだ潔いだろう。

 だが事情を話せば菅野は不利益を承知で絶対隼人の肩を持つ。日頃から散々庇ってもらっているのだ。だからこそ余計に話せない。


「今からガミノ嬢に謝っても手遅れだろうか? お前どう思う?」


 勿論飛行機が答えるはずもなく。隼人はひたすら肩を落とす。


(こんな事で取り乱すなんて、俺はまだ引きずってるんだな。格好悪い)


 自分の境遇など、今のライズではありふれた話だ。

 前線ではもっと悲惨な話が転がっている。

 自分は士官。命を預かる立場だ。しっかりするべきだ。


 それに、”彼女”が残した言葉は、決して自分の死を悼んで、引きずって欲しくて言ったものではなかった。これからも人生を歩んでゆく隼人に、祝福の言葉として残した。

 自分にはそれが分かっていた筈だ。


 だったら、間違いは正すべきだ。

 とにかく菅野に相談して、それから謝罪に行こう。


「俺、頑張ってくるから見守っててくれ」


 語りかけた〔疾風〕はやはり何も答えなかったが、その姿を目に入れるだけで背中を押された気分になった。




 会議室から戻ってきた菅野なおしを捕まえると即座に言った。


「とりあえず走れ」


 直ちに敬礼して、だだっ広い飛行場を走り出す。

 こうした時、くどくど説教をしない菅野の気質はありがたい。その分鉄拳制裁の類も容赦ないのだが。

 北国の風は冷たかったが、頭を冷やすにはちょうどいい。走れば暖かくもなる。


 まったく、随分半端をしたもんだ。

 白い息を吐き出すたび、ごちゃごちゃした思考が整えられていく。


 多分、悪意を持って侮辱されたのなら、相手を軽蔑しこそすれ、怒りをぶつけることはなかった。

 ただ無邪気に、純粋な正義感をもって言われたから、自分は激昂したのだろう。


 自分は失った陶酔感を味わうために”彼女”の言葉を聞き入れ、あんな決断をした訳ではない。

 前に進むために必要だったからだ。

 ならば、うじうじと悩むのはこれっきりにしよう。


 罰走から戻ってきた隼人の顔は実に晴れ晴れとしていた。

 出迎えた菅野はにやりと笑う。

 自分が罰を命じた以上、例え寒空の下でも最後まで見届けなければいけない。

 菅野直は、そう言う士官だ。


「ご心配おかけしました」


 頭を下げる隼人に、にやりと笑う菅野。


「まったくだ。貴様はへらへら笑いながら飛行機を追いかけまわしている方が良い」

「仰る通りです!」

「いや、否定しろ!」


 力強く頷く隼人に菅野は呆れ顔だ。

 残念ながらいくら修正鉄拳制裁を食らっても、そこは治りそうにない。


「じゃあ、謝りに行くぞ」


 あごでついてこいと示す菅野に、元気よく返事をして後に続く。

 まったく根拠はないのだが、彼の人となりの一端が見えた気がした。その背中はとても嬉しそうで、人が大好きなのだろう。

 前世・・の彼は苛烈かれつな闘志と人懐っこさ、そして孤独を抱えたまま大空に散った。

 もし自分がこのライズで3度目・・・の生を受けた事に意味を見出すなら、自分と縁を結んだ人たちには幸せになって欲しい。

 南部隼人はきっと、その為に……。


「大尉。あの子、寂しいんじゃないですかね?」

「……多分な」


 見かけに反したあの辛辣さは、きっと自分の心を守るためのものだろう。

 半分は批判でなく、悲鳴なのかも知れない。

 あのくらいの歳で聖女を名乗る重責は、それはさぞ辛いものだろう。


「何とか、してやれませんかね?」


 振り向いた菅野は一瞬目を見開くと、珍獣を見るような視線を向けてきた。


「貴様、あの子に怒ってたんじゃないのか?」

「ええ、怒ってました。過去形ですが」


 苦笑を隠しきれない菅野に戸惑いがちに尋ねる。


「何か変なことを言いましたか?」

「……良いから行くぞ」


 菅野はずんずんと歩いてゆく。散々やらかした後なのに、その足取りは軽かった。

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