第23話「遅れてきた勇士」

”グレッグ中尉は正直苦手だったんです。

でもサミュエル少佐の件で話すうち、一本気なのは隼人さんと同じだなと思うようになりました”


早瀬沙織のインタビューより



Starring:早瀬沙織


 ヘルマン・ダマリオ少佐とのすり合わせは菅野なおし大尉に任せ、早瀬沙織らは残る2人のパイロットに頭を悩ませていた。師匠せんせいを中心に、リーム・ガトロン、グレッグ・ニールが頭を突き合わせて解決策を探る。


 彼が見積もった最低限の戦力は戦闘機が7機。

 飛行機はある。だが乗り手が居なかった。難問、というより無理を通す行為だった。とてもベストな人間がいるとは思えず、師匠せんせいは頭を抱えている。


「今こちらにあるカードは、アレクセイ・レスコフ軍曹の負傷でパイロットがいない〔疾風〕。同じくパイロット不在の〔ゼロ戦43型よんじゅうさんがた〕。どちらも飛べる状態にあるが、乗り手がいない」

「この基地にいるパイロットはどうしたのよ?」


 リーム中尉が当然の質問をする。

 だが当然なだけに、誰もがそれの選択肢を考えている。そしてその可能性を放棄していた。


「大陸本土で機種転向訓練中。この基地にパイロットは一人もいない」


 その可能性は既にすっぱりと切り捨てたらしい。師匠が大げさに首を振って見せた。


「何それ! 後方とは言え、基地を空にしたの!?」


 リーム中尉がいくら常識を説いても、現実は現実だ。


「俺たちは前線を飛び回ってるから感覚が違うが、後方の基地なんてそんなもんだ」


 呆れるあまり天を仰ぐ中尉だが、無いものはない。


「では、補給物資を運んできた輸送機のパイロットは?」


 代わりに提案してみるが、やはり色よい返答とはならなかった。


「……ありゃ駄目だ。戦闘機の経験は無いそうだし、今回の事で完全にびびってる」


 戦意の無い者を無理に出撃させても足を引っ張るだけだ。

 陸戦に比べ空戦は参加する頭数が少ない。一人の臆病者が戦闘の結果まで左右する。

 同様の理由で、元パイロットのワルゲス・ゾンバルト中佐も却下だ。それに旧式戦闘機しか乗っておらず、実戦経験のない彼に今回の作戦は難しいだろう。

 話が煮詰まり、話はこの島の従軍経験者を当たってみると言う話になりかけた。会議の停滞に、腕を組んで黙り込んでいたグレッグ中尉が口を開いた。


「……俺に心当たりがある」


 突然の提案である。沙織らは顔を見合わせる。


「心当たり?」


 戦闘機を動かせるようなパイロットが本当に見つかるだろうか。怪訝そうに見つめる3人に「ついてこい」と促し、グレッグは部屋を出てゆく。

 沙織たちはお互いの顔を見合わせると、頷いて後に続いた。




 「心当たり」がリィルを連れてきた輸送機のパイロットと聞いて、沙織の期待はしぼんでしまった。

 先ほどの師匠が言ったように、委縮した航空兵は使い物にならない。それに輸送機を動かせるだけで空戦が出来ると言はとても思えなかった。

 だが挨拶を済ませた師匠は、その名前を聞いて呟いた。


「……もしかかして!」


 顔をしかめる機長をまじまじと見つめた後、弾かれたように敬礼した。


「お会いできて光栄です! サミュエル・ジード少佐!」


 戸惑う沙織とリーム、いや、連れてきたグレッグですら何事かと眉間にしわを寄せていた。師匠は構う事無く直立不動になって、あのキラキラした目で男性を見つめている。年齢は初老の始めと言ったところだろうか。確かにこの局面で落ち着いている胆力は大したものだと思うが。沙織にはそれ以上のものを感じられなかった。


「知らんのか? サミュエル少佐はライズ人で5人しかいない欧州大戦の撃墜王エースだ。報道映画とかで見ただろう?」

「!!」


 人類史上初の世界大戦には、ライズ人も多く参戦したが、まだライズに航空機が伝わり切っていなかったため、航空兵として参加した者は少ない。

 その中で、サミュエル・ジードは撃墜王の称号を得た数少ないライズ人だ。

 そんな昔の撃墜王、沙織は知らない。この分野において師匠の引き出しの広さは恐ろしいと思う。


「……そんな過去は捨てた」

「そうはいきません!」


 迷惑そうに手を振るサミュエルに、師匠は手帳を取り出しサインをねだりだす。

 完全にいつもの流れである。


「いい加減にしなさい!」


 リームが師匠の背後から股間を蹴り上げた。悶絶する彼を一瞥だにせず、サミュエルに問う。


「で、手伝ってくれるの? くれないの?」


 返す刀でサミュエルを睨みつける。これは流石の撃墜王でも怯んだ様子。


(……それにしても、凄い事しますね)


 ぴくぴく震える師を見下ろして、引き攣った笑顔を浮かべる。

 この2人、クロアではどんな関係だったんだろう。





「……答える前に、聞いておきたい事がある」


 師匠の回復を待って4人は状況説明をするが、サミュエルは当然ながら即答を避けた。


「君たちは、聖女様の願いを聞き届けてくれるのか?」


 リィルの? 一瞬考えてしまった。彼女の本当の願いは、何なのだろう? きっと、本人が思う程大それたものなのだろうか?

 だが、サミュエルの問いは、恐らく大それた方の願いだった。つまり、ダバート王国へ行き、両国に停戦を呼び掛ける事。


「あー、それですか」


 師匠は頭をポリポリ掻いて思案した後、対応を丸投げした。


「沙織、お前が答えてくれ」


 普通なら、面倒ごとを押し付けたと感じるだろう。だが、沙織と師匠の関係は、そんなに浅いものではないわけで。


「良いんですか?」


 問い返した沙織に、案の師匠は答えた。


「多分、お前の考えは俺と同じだ」


 だから、彼らを見定めるかのようなサミュエルの瞳を覗き見た時、肯定を返す選択肢は既に無かった。

 リィルはきっと……。


 サミュエルの言葉は、自分にまかせてくれた師匠は、もっと深い部分で問いを発しているのではないか?

 そう思った時、自分の中で答えは出ていた。


「すみません。そのお願いは、お応えしかねます」

「……ほう?」


 サミュエルは目を細め、グレッグは息を呑む。

 身を乗り出し口を挟もうとするリームを、師匠は「まぁまぁ」と止めて、下がらせた。


「『戦争を止めたい』と言うのは、あくまで”聖女の”望みです。私も士官ですから、高尚ではあっても実現不可能な望みに仲間や部下を巻き込むことはできません。ですが……」


 師匠を見やると、にっこり笑いかけてくれた。どうやら「正解」のようだ。


「もしリィルの願い・・・・・・が聖女と同じものになったら、士官としてではなく早瀬沙織として彼女の力になります」


 師匠は再び気を付けをして、「以下同文です!」と答えた。

 サミュエルは「そうか」と息を吐き、告げた。


「私の負けだ。どうやら私は自分の望みを聖女……リィル嬢に投影していただけだったのだな。つまらない思い入れで、彼女の重荷になっていたようだ」


 自嘲するサミュエルに、何故かグレッグがうめくように小さく声を漏らした。


「それは違う!」


 だが、それを強い口調で否定したのはグレッグだ。一度落とした視線をサミュエルに戻し、真っすぐに彼を見据える。


「若者にとって、先達に寄り添ってもらえる事がどれだけ嬉しいか、少佐もご存じのはず。心のうちに踏み込むことは出来なくても、少佐は彼女の力になろうとした。それは彼女の力になったはずです」

「君も、そうなのかね?」


 サミュエルは静かに問い返す。グレッグは強く頷いた。


「誰でもそうです。士官学校への受験を後押ししてくれた両親、日本への留学に推薦してくれた教官、そして、最近も上官から言われましたよ。『人の真似をしなくても、お前はお前として俺を超えられる』とね」


 それ、師匠の仕業では? 菅野大尉より師匠の方が言いそうな台詞だったからだ。ひょっとして体よく吹き込んだのでは?

 視線を送ると、グレッグから目を反らしてと白々しい台詞を吐いた。


「いやあ、大尉は良いことをいうなぁ」


 グレッグを見やると、苦笑と呆れが入り混じった、何とも言えない顔をしていた。どうやら全部お見通しらしい。


「分かった。私も協力させてもらおう。もう一度若者に戻ったつもりで、やってみようじゃないか」


 大先輩の言葉に、若鷲わかわしたちは敬礼で応えた。

 グレッグ中尉が何か思いつめた顔をしていたのが気になったが、この時の沙織たちには深入りする余裕はなかった。

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