38話 蛇
「「「「はあ……」」」」
いずれも疲れ切った表情で、うつむき加減にスラム街の坂道を上り始めるアッシュたち。
「ふわあぁぁ……昨晩はまともに眠れなかったぜえぇ……。野宿する羽目になるし、抗争相手と勘違いされるしよおおぉ……」
「粗暴なアッシュはともかく、わたくしは貴族出身ですのに、こともあろうか貧民と勘違いされましたのよ。なんと無礼なっ……!」
「パルルなんてぇ、スラム街の子供と勘違いされて、貧相なクソガキから遊ぼうって誘われちゃったー。死ねっ!」
「ま、まあまあ、みなさん、そうかっかしないように……」
興奮した様子のアッシュ、グレイシア、パルルを宥めるハロウド。
「これから教会近くへ行き、現実の厳しさを思い知ったフォードさんたちの泣きっ面を見れば、疲れ切った心が一気に癒されるかと思いますよ」
「そりゃ、フォードの不幸は蜜の味だけどよおぉっ、昨日、あいつらのところには客が結構来てたみたいじゃん? あのモヒカン野郎がいなくなってからよ」
「アッシュの言う通り、ですわ。油断はできません。あの様子では、なんでも解決屋の評判が広まって、客が集まっているかもしれませんのに……」
「うげー、グレイシア、それ最悪すぎる展開だよー! ハロウド、本当に大丈夫なのーっ……!?」
怪訝そうな顔で詰め寄る三人に向かって、ハロウドは問題ないと言わんばかりに、前髪をかき上げながらクールに笑ってみせた。
「フッ……大丈夫です。というのも、スラム街の人たちはとても貧しく、銅貨1枚ですらも惜しいものなのです。日々を生き抜くため、なけなしのお金で僅かな食べ物を買わなければなりません。フォードさんにそれを解決する術などないでしょう」
「「「なるほど……」」」
「まあ、何人かの客が物珍しさで訪れるかもしれませんが、それまでですよ。お金がないのではどうしようもない。なので、今頃なんでも解決屋は酷く過疎っているか、あるいはモヒカンさんのようなならず者に冷やかされているか、ということになります……」
「「「なるほどっ!」」」
ハロウドの言葉で元気が出たのか、リーダーのアッシュを始めとして至って陽気な顔で歩き始めたが、それからほどなくして一様に呆然とした表情に変わることになる。
「「「「……」」」」
彼らが目にしたのは長蛇の列であり、それは丘の頂上に佇む教会へと続いていたのであった……。
◆◆◆
「「「「「わあっ……!」」」」」
子供たちの歓声が、香ばしい匂いが漂う教会内に響き渡った。今じゃ、長い行列まで出来ている。
それまでは過疎状態で、昨日とは打って変わって誰も来ないんじゃないかと思っていたのがこれだ。銅貨1枚で何か食べ物を恵んでもらえないかと、一人の子供がやってきて、それをとある料理で解決してからこうなったんだ。
ちなみに、その食材に関しては言わないほうがいいだろうってことで、客の質問には味が似ているので鶏の肉だと返すことにしている。
「お、おえぇっ……し、失敬しました……」
その正体はなんなのかというと、シスターのメアの反応を見てもわかるように、彼女の苦手な蛇だった。
【降焼石】と【蛇の巣】を合体させ、【石焼き蛇】という、蛇を石焼きにした料理が発生するスキルを作ったのだ。
石焼きってこともあって内部まで熱が浸透し、ふっくらとジューシーに焼けたものがすぐ出て来るし、これがもう滅茶苦茶美味しいんだ。見た目についても【分解】スキルでバラバラにして元の素材がわからないようにしてあるし、蛇だってことを知らない人ならそれこそ幾つでも食べられるんじゃないか。
「はふはふっ……美味しいねえ、フォードッ」
「ああ、最高だな、リリ」
「……」
子供たちだけでなく、素材が何か知ってる俺とリリまでもが夢中になって食べてるのが気になるのか、メアがちらちらとこっちを窺ってきた。
「メア、気になるなら一口食べてみたらどうだ? 大丈夫だって。本当に美味しいから」
「ホント、めっちゃ美味しいよ、メアッ! この蛇……いや、鶏肉はっ!」
「くうぅっ……確かに美味しそうではあるのですけどっ……素材が私の苦手すぎるものなだけに、とてもではありませんが食べられそうにありません……!」
「「……」」
俺はリリと困った顔を見合わせる。なんとかこの美味しい蛇をメアに食べさせてやりたいが、無理矢理だと却ってトラウマを刺激して食べられなくなるだろうし、どうしたらいいか……。
あ、そうだ。スキルシミュレーションをよくやってたからか、すぐに対処方法を見つけることができた。
まず【希薄】を解体し、【喪失】と【威風堂々】スキルに戻す。それから【喪失】【後ろ向き】【蛇の巣】の効果を足すことで、【蛇忘れ】という、蛇に関する過去の記憶を消すスキルに変わった。
これをメアに使えば、蛇についての嫌な記憶が消えるだけでなく、この料理に関することもすっかり忘れるはずだ。口裏を合わせるべくリリに耳打ちすると、彼女は余程面白かったのかニヤニヤが止まらなくなった。悪戯のつもりはないが、そう見えることも確かだしな。
さて……早速【蛇忘れ】スキルをメアに使用してみる。お、明らかに顔色が良くなってきたな。
「あれれ……なんだか、美味しそうな香りがぷんぷんしておりますね! これはなんのお料理なのですか?」
「えっとな、鶏肉なんだ」
「すっごく上等なやつだよ!」
トラウマを消したようなものだから蛇と言っても大丈夫そうだが、そこはやっぱり食べるのをためらう可能性もあるし、万が一思い出してしまうことも考慮して隠すことにした。
「へえ……では、いただきます! おっ……美味しいです! いくらなんでも美味しすぎるでしょう、これは……! はふはふっ……」
「「……」」
夢中で蛇料理を頬張ってるメアの姿を見て、俺とリリはなんとも苦い笑みを向け合うのだった……。
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