11話 導き


「おかげさんで助かったよお。どうもありがとうねえ」


「いえいえ、お気をつけて」


「ばーさん、元気でねーっ!」


 婆さんが俺たちのほうに何度も振り返っては、丁寧にお辞儀をしつつ立ち去っていく。


 道がわからなくなったという彼女に対して、俺がやったこと――それは、【視野拡大】と【宙文字】を解体して合わせて【視野文字】というスキルを暫定的に作り出し、移動しても視界に残る地図を描くことだった。


 婆さんが目的地へ着く頃には、一時的な効果なので地図は消失し、元通りの視界になってることだろう。これでもう銅貨50枚に達したもんだから、小銭入れを見るたびにニヤニヤしてしまいそうになる。


「――あ、ポポンがポンッ!」


「ポポンガおじさん、いいぞー」


 あまりにも順調すぎて、見飽きるほど見たポポンガおじさんの踊りを誉めてしまうくらい俺は上機嫌だった。


「フォード、この調子ならさ、一日銅貨100枚稼ぐのも夢じゃないねえ」


「あぁ……最低でもな」


「へへっ。あたしってかもねえ?」


「ははっ……ま、今のところはな」


「あたしの背中についてくるように!」


「調子に乗りすぎだぞ、リリ」


「うへへっ……」


 ちなみに、銅貨100枚で銀貨1枚分になる。それくらい貯めることができれば、当分は飯代や宿代で困ることもなさそうだ。なんでも解決屋が上手くいかなかった場合、しばらくは野宿もあるんじゃないかと心配してたが、今のところ大丈夫そうだな。


「――少々、よろしいだろうか」


「あ、はい」


「ようこそ、フォードのなんでも解決屋へっ!」


 俺たちは、とても綺麗な翡翠色の長髪をした、抜群にスタイルの良い美女に声をかけられたわけだが、その直後に


「……あ……あ……あ……」


「……ひ……ひ……」


 それはリリも同じだったらしい。そりゃそうだろう。今時、もっと小さな子供だって知ってる。この髪の色といい、尖った耳といい、間違いなくエルフだ。あれだけ周囲を往来していた人たちが、この辺を極端に遠ざけるようにして歩いてるのもうなずける。陽気に踊っていたポポンガおじさんでさえ、いつの間にか姿を暗ましてしまったほどだ。


 エルフは身体能力がずば抜けて高く、有用スキルを持つS級冒険者に決闘を挑まれ、即座に解体してみせたほどだ。それにしても、商店街で見かけるのは初めてだ。この種族は冷静に見えて血気盛んなタイプが多いらしいし、冒険者ギルドのほうでなら何度か遠巻きに見たことがあるんだが、なんでこんなところに……。


「よろしいだろうか、と訊ねているのだが……?」


「……あ、は、は、はい……」


 声が震えてしまうのも無理はない。いつでも気分次第で人を殺せるエルフが目の前にいるんだ……。かつて、俺が冒険者ギルド付近で見たエルフと冒険者たちの戦う様子は凄惨を極めるもので、その日殺した冒険者の死体をどれだけ重ねるかっていうゲームをしていたんだ。


 エルフは一見すると華奢で貧弱そうな体つきに見えるため、酒に酔った体格のいい冒険者が次々と挑戦しては犠牲になったわけだが、俺は高く積み上げられていく死体を見上げながら、絶対に手を出してはいけない種族だと痛感したもんだ。


 もしかしたら温厚なタイプだから商店街までやってきたのかもしれないが、それでもなあ……。全身が切れ味鋭い凶器かと思うほどの、ありえない身体能力を見せつけられてるだけに、とにかく恐怖心が先に立ってしまう。


「お前はなんでも解決屋だそうだが、このお気に入りの服の綻びを直してくれないか?」


「……」


 エルフの脇腹を恐る恐る見ると、確かに少し破れていて、透き通るような白い肌が覗いていた。


「私は昔から手先が不器用でな……。人間ならば器用だからできると聞き、武具屋を訪ねたのだが、その店主は手が震えて中々直そうとしなかったので、手刀で首を刎ねてやった。どうしようかと思っていたところ、有名ななんでも解決屋があるという情報を目にしてここへ参った、という次第なのだ……」


「……な、なななっ、なる、ほど……」


 勝手に貼り紙でも張られてたのか? なんでも解決屋って、もうそこまで有名になってたのかよ……。


 どうする……? 普通なら針と糸で簡単に縫合できるわけだが、その武具屋がそうだったように、手が震えてしまって到底できそうにもない……。




 ◆◆◆




「「「「……」」」」


 商店街の一角で展開されるなんでも解決屋の様子を、そこから少し離れた建物の陰から、戦々恐々とした面持ちで見つめる四人の若者たちがいた。


「フフッ……どうです、僕の言った通りになったでしょう」


「すげーな、ハロウド! まさかエルフが商店街に来てるなんて思わなかったぜ!」


「パルルもー!」


「わたくしもですわ。ハロウド、どこで知りましたの……?」


「みなさん、もう忘れたんですかね? 以前にも話したはずですよ。僕の【魔術】スキルは、強い殺気が生じる位置をも正確に読み取れると。なので、膨大な殺気が商店街にあり、それがエルフのものだと判断したというわけです……」


「なるほどなぁ。それで、なんでも解決屋についての貼り紙をその辺に張って誘導したってわけか……すげーよ、軍師ハロウド」


「軍師ハロウドー!」


「さすが軍師ですわね」


 不敵な笑みを浮かべるハロウドに対し、アッシュ、パルル、グレイシアの尊敬の眼差しがこれでもかと注がれる。


「フフッ……ただのゴミスキルを拾ってなんでも解決屋とは、まあフォードさんにしては考えたほうかもしれませんがねえ、結局はこうなる運命なのですよ……」


「だねー。無能のフォードが、あのエルフにどれくらい無惨な殺され方をするのかぁ、今から超楽しみー!」


「エルフによる、胴体のみを残した伝統的なみじん切りの刑が見られるのですわね。永遠にさようなら、哀れなフォード。散々調子に乗った罰だと思いますわ……」


「うおおぉっ……! マジ、楽しみになってきたなあ。微生物野郎のフォードがズタズタに切り裂かれる、公開処刑ショー! 連れっぽいガキに関しちゃ気の毒だが。せめてぶち殺される前に犯したかったぜ……!」


「「「「ハハハッ……!」」」」


 圧倒的な力を持つエルフが近くにいることもあり、アッシュたちの幾分控えめな笑い声が周囲に響き渡った……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る